COLUMN
代名詞(プロナウン)をシェアする意味
代名詞(プロナウン)をシェアする意味
おそらくみなさん中学の英語の授業で「she/her/her」「he/his/him」「they/their/them」という代名詞を習ったことと思います。英語の文法では、三人称代名詞を「主格/所有格/目的格」で用い、人や人々を表します。
「they/their/them」は伝統的には三人称複数を表す代名詞ですが、近年、ノンバイナリーやジェンダーノンコンフォーミングなど自身のジェンダーが典型的な男性/女性に当てはまらない人、決めたくない人、性別情報を共有したくない人などの間で使われるようになっています。性表現がジェンダーニュートラルな人など、どの代名詞を使ったらよいか判断がつきかねる場合にも「they/their/them」が使えます。同様に「ze/zem/zir」も使われます。
ある人が女性として扱われたいのか、男性として扱われたいのか、あるいはどちらでもないのかといった情報を知ることは他者に敬意を払ううえで非常に重要です。女性として扱われたいと感じているトランスジェンダー女性に対して「he/his/him」を使用することはミスジェンダリングと言い、差別的だと見なされます。学校や職場、地域社会などでそのようなミスジェンダリングが起こらないようにするには、あらかじめ「私は女性として扱われたいです」「私はジェンダーニュートラルな代名詞を使ってほしいです」といった意思表示としてSNSなどのプロフィールに「she/her/her」「they/their/them」と書いておくことが有効です。それが代名詞(プロナウン)をシェアするもともとの意味です。
Facebookは2014年、プロフィールのジェンダー表記に50以上もの選択肢を設け、人称代名詞も「they/them」を選べるように変更するシステム対応を行ない、GLAADのサラ・ケイト・エリス代表が「この新機能はトランスジェンダーの人たちへの理解を一歩進めるものです。トランスジェンダーの人たちが自分たち自身の言葉で、本当の話を語ることができるようになり、このプラットフォームがLGBTQのユーザーすべてにとって安全で使いやすいものになります」と称えるなど、LGBTQコミュニティの歓迎を受けました(詳細はこちら)
その後、Twitterでもプロフィール欄に「she/her/her」「he/his/him」「they/their/them」などと書く方が増えました(なかには「she/they」とか「he/they」と書く方もいらっしゃいますが、どちらで呼んでいただいてもOKですよ、という意味です)
近年は、ジェンダーについて特段不便を感じていないシスジェンダーの人たちもSNSのプロフィールに代名詞を書く方が多くなってきました。それは「私はジェンダーアイデンティティに関して配慮がありますよ」「差別しませんよ」「アライです」ということを表明するための手段になっているのです。ジェンダーは何もトランスやノンバイナリーの人たちだけの問題ではなく、全ての人に関係があることですから、このようにシスジェンダーの人たちも含めて全ての人がプロナウンを記すことが当たり前になるのは良いことです。
ただ、オランダの『They and Them』というドキュメンタリーにも描かれていたように、シスジェンダーの方の中には、自身のプロナウンを書くことで「自分は当事者ではない」と突き放してしまうように受け取られるのではないか、などと悩む方もいらっしゃるようです。LGBTQコミュニティの多くの方は(LGBTQコミュニティも大半はシスジェンダーですから)そのように受け止めたりせず、むしろ「この人はアライなんだな」と思うはずです。
職場などでプロフィール欄やメールのどこかにプロナウンを記すようにしよう、という動きがあった際、一つ気をつけるべきことがあるとしたら、従業員のなかにきっといるであろう、自身のジェンダーアイデンティティをカミングアウトしていない人への配慮です。カミングアウトの強制は(アウティングと並んで)非常に問題がありますので、そういう方が自身のジェンダーアイデンティティを偽ることなくプロナウンを書けるようにする配慮が大切です。職場内の全員がsheとかheと記しているなか、「自分だけがtheyと書いたらノンバイナリーであることがバレてしまうじゃないか…」と悩む方がいないようにするためにはどうしたらよいか、考えてみてください。(これが正解だ、ということは言えないのですが、プロナウンの記入を任意にし、強制しないようにするのも現実的な対応策だと思います)
「she/her/her」「he/his/him」以外のジェンダーニュートラルな代名詞
・they/their/them
伝統的には「彼(女)ら」という三人称複数の代名詞ですが、現在はノンバイナリーを自認する人や性別情報を共有したくない人がよく用いています。また、ある人の代名詞がわからず(憶測で決めつけたくないと思い)、その人に尋ねることができないような場合に使用するのにも適しています。米ウェブスター辞書では、2018~2019年にこの言葉の検索数が313%もアップしたとして「2019年の言葉」に選ばれています。
・ze/zir/zem
「ze」はもともと「they」の単数形で、ジェンダーニュートラルな代名詞として2015年頃から英語圏の国で使われ始めました。2016年にはオックスフォード大学が「ze」を使うよう推奨したというニュースも流れました(のちにこれは誤報であり、「ze」を使う趣旨を尊重はするものの誰に対しても使うことは強要していないと訂正されました)
・その他
上記以外にも、「E/Eir/Em」「Xe/Xyr/Xem」など様々あるようです。(Facebookのプロフィールの代名詞の欄では「ve」「pers」「vir」など10種類くらい選択肢が表示されます)
日本語における三人称の代名詞
三人称代名詞でまず気をつけるべきは「彼」「彼女」を間違えないように(ミスジェンダリングが起こらないように)することです。
そのうえで、ノンバイナリーの方をどう呼んだらいいか、ということに関しては、日本語には「they」に当たる人称代名詞が特にないため、「○○さん」と名前を呼ぶか、「あの人」「あちらの方」というような言い方になるでしょう。
もう一点、三人称複数のときに「彼ら」と言うべきか「彼女ら」と言うべきか、についてですが、対象の方のジェンダーアイデンティティがはっきりわからない場合は常に「彼ら・彼女ら」と言うようにすることで配慮を示せるのではないでしょうか。
<ご参考>
多くのアメリカ人がSNSのプロフィールに代名詞を明記するのはなぜ?(アメリカ大使館公式マガジン「アメリカンビュー」)
https://amview.japan.usembassy.gov/why-do-many-americans-list-pronouns-on-social-media-profiles/
男でも女でもない三人称「ze」を使おう オックスフォード大学が推奨【UPDATE】(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/2016/12/12/gender-neutral-oxford-university_n_13576302.html
「ジェンダー代名詞/プロナウン」とは? ノンバイナリーもシスジェンダーも全員が表明することの意義(フロントロウ)
https://front-row.jp/_ct/17420185
【ビジネス英語】ジェンダーニュートラルな代名詞(Pronouns)とは(Indeed)
https://jp.indeed.com/career-advice/career-development/gender-neutral-pronouns
- INDEX