REVIEW
映画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描き、大好評を博したドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』の劇場版が公開。期待に違わず、とてもよい映画になっていました。ぜひご覧ください
昨年1月にレビューをお届けしたドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』。男性・家長・部長として威張ったり女性やゲイや部下たちを見下し、ハラスメントを加えてきた典型的なおっさん・誠が、階段で転びそうになったところをゲイの大地に助けられ、また大地は引きこもりの息子・翔(かける)の数少ない友達であったことから、大地と対話を重ねるようになり、次第に自身の差別意識やハラスメント気質、「有害な男らしさ」を自覚し、反省し、態度を改め、変わっていく様を描いた作品でした。世の(家父長制的だった旧来の男性のありようからアップデートされていない)典型的な中高年異性愛日本人男性vsマイノリティである女性やゲイやイマドキの若い男性(メンズブラを着けてたりする)という構図を描きつつ、対立を煽って、お互いの女性嫌悪・同性愛嫌悪vs男性嫌悪が泥試合のように悪化していくのではなく、ゲイの大地が友達として上手に誠の意識を変えていき、変わった誠のことを家族や部下も認め、許し、だんだんお互いを認めあい、尊重しあい、対等に話せるようになっていき、理想的な家族や職場のありようを見せ、人気や評価につながりました。『キンキー・ブーツ』や『パレードへようこそ』、『弟の夫』などにも通じるような、差別者がアライへと変わっていく過程を描いたこのドラマの最終回では、かつて差別野郎だった主人公の誠が、ゲイカップルの結婚式の仲人をつとめるまでになり、感動を呼びました。
そんな「おっパン」が映画化され、7月4日から公開されています。レビューをお届けします。
<あらすじ>
ゲイの大学生・大地との出会いをきっかけに、間違いだらけだった自分の考えをアップデートしはじめた沖田誠。家族もそれぞれの「好き」を変わらず謳歌し、沖田家にようやく平穏な日常が訪れたかに見えた。しかしそんな矢先、アップデート前の誠からパワハラとも言える扱いを受けていた元部下の佐藤が、誠の取引先相手として現れる。一方、大地はパートナーの円と遠距離で暮らすことになり、彼に会えない寂しさや不安を募らせていく…。
どんな名作ドラマでも、映画化されると、商業主義と言いますか、売れ筋を狙ってマイノリティへの配慮が疎かになったりすることがあるのですが(過去にはそういうケースもあったのですが)、映画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』は、そんな心配は不要でした。素直にとてもよかったと言えます。この映画のいちばんのクライマックスの部分でゲイのことが描かれていたのには、感動しました(ちょっと泣けました)
遠距離恋愛となった大地と円が、自治体の同性パートナーシップ証明制度はあるけれども、距離が離れて自治体の境を越えてしまうと(法的に家族になれないがゆえに)何かあったときに連絡が行かないんだ、と寂しそうに語るシーン、そして、円がなんとかその問題を解決したくてとった行動が大地を感動させるシーンがとてもよかったです。
安易なハッピーエンドや予定調和に落とし込まず、それぞれが直面するしんどさや課題は大部分、未解決のままなのですが、それでもちょっとずつ前進があったり、希望が見えたりする、そういうお話になっているところがリアルでいいです。
この作品、誠の職場が結構な割合で描かれているところもポイントです。
今回の映画では、LGBTQ差別がビジネスにどれだけ悪影響を及ぼすかということが実にリアルに、シビアに、ドラマチックに描かれていたのが印象的でした。ぜひご覧いただきたいです。
世の中には、おそらく取締役や役職がついた男性がパワハラ気質で若い方が辞めていったり、SOGIハラや女性蔑視がまだ罷り通っていたりするような職場もまだあると思われますが、そんな職場でも上司が変わることでこんなにも働きやすい職場に変わりうるということをありありと見せてくれるところが面白く、また、心地よいです。真に風通しや人間関係が良好な、理想的な職場のありようのモデルケースを見せてくれていると思います。
現実の世の中には、特定の集団が不当に優遇されているから排除すべきだといった恐怖と怒りを煽る言説があふれ、さまざまな差別やヘイトスピーチが蔓延していますが(参院選でエスカレートする排外主義扇動に抗して266団体が連名で声明を発表する異例の事態になっています)、そんな醜い世の中にあって、この映画はなんと美しく、素晴らしいホープスピーチを届けてくれていることでしょう(泥の中に咲いた蓮の花のようです)。誰もが自分らしく生きられる社会、目指すべき未来や等身大の理想社会を生き生きと描いてくれています。
ぜひ、映画館でご覧ください。
おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!
2025年/日本/114分/G/監督:二宮崇/出演:富田靖子、原田泰造、中島颯太、城桧吏ほか
- INDEX
- 映画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 輝けないクィアを主人公にしたホロ苦青春漫画の名作『佐々田は友達』
- 安易な「わかりやすさ」や「共感」を目指さない新世代のトランス・コミック『となりのとらんす少女ちゃん』
- 米国の保守的な州で闘い、コミュニティから愛されるトランス女性議員を追った短編ドキュメンタリー『議席番号31』
- カミングアウトのリアルを印象深く描いた名作短編映画『誰も悪くないのにね』
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- トランスジェンダーやDSDの人たちの包摂について考えるために今こそ読みたい『スポーツとLGBTQ+』
- 『トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら』
- 『トランスジェンダーと性別変更』