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【追悼】愛を掲げ、道を切り拓いた偉人・美輪明宏さん

 シンガーソングライターの魁であり、戦後、日本で初めて同性愛者であることを公にし、俳優などとしても活躍し、絶大な影響力を誇り、大きな愛を説いた偉人・美輪明宏さんが6月20日午前9時30分、老衰のため永眠したことが明らかになりました。91歳でした。

 
 1950年代、美輪様(当時は丸山明宏)は銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で歌手デビューし、その美しい容姿も世間の注目を集めていたなか、(どれだけ世間の風当たりが強いかということを承知のうえで)同性愛者であることをカミングアウトしました。世界的に見ても非常に厳しい、ほとんどカムアウトした歌手などいなかった時代です。激しい拒絶反応やバッシングに遭い、一時は人気も低迷しましたが、1966年、「ヨイトマケの唄」で再び支持を集め、1967年、寺山修司が美輪様に宛てて書いた『毛皮のマリー』が初演され(海外公演も行なっています)、1968年、映画『黒蜥蜴』に主演するなどして再び世間の注目を集めました。美輪明宏に改名したのちも、シャンソン歌手、俳優、著述家として活躍しました。

 美輪様は過去に、名家の子息であるゲイの友人が、父親から結婚を強要されて、トイレで首を吊って自死した、その現場に居合わせたと語っています。その無念そうな顔を見て、「この人が何をしたっての? 物を盗んだり人を殺したりしたわけじゃないのに」と…。周囲でたくさんの友人が亡くなっていったことが、カミングアウトを決意させたそうです。そして後年、『愛する権利』という歌で、「人が人を愛することは悪ではない罪ではない」「男と女が 女と女が 男と男が」「どんな力も奪えるものか この権利を守りぬくのだ やっと手にした愛の権利を あなたを愛する権利を」と歌っています(その歌詞がTRPに合わせて渋谷PARCOの1Fの外壁にART WALLとして展示されたりもしました)
もののけ姫』や『ハウルの動く城』への声優としての出演もたいへん話題になりました。

 一方、
 2023年には、岸田首相の「社会が変わってしまう」、総理秘書官の「僕だって見るのもいやだ」発言に対し、『女性自身』に登場し、「同性婚、性的少数カップルが嫌だという偏見は、その人自身が過去の軍国主義の悪い部分だけに振り回されていて、本当の歴史を学んでいないためです。そのような人たちが、日本の政治を動かしているということにあきれてしまったのです。地球上には、古くから同性愛というものがあることをご存じないのですから」「終戦後も、同性愛に対する偏見やネガティブな価値観は、引きずられた状態のままです。だから令和の時代となった今でも、歴史を学ぼうとしない日本の政治家が、あのような発言を繰り返すのです」「男が男を、女が女を愛し合っても、人間同士が愛し合うことに変わりはない。同性愛者だからといって人が人を愛したことの何が悪いのか。何ひとつ盗んだわけでもなく、殺したわけでもない。私が公言することによって、わずかでもプライドを持って生きられる人も出てくるのではないか、そう思っていたのです。当時は、同性愛者というだけで身内からも非難され、会社にバレたらクビになるような時代。思い悩んで自殺する同性愛者もいました。私は、そういう間違った世の中を変えたかったのです」と語りました。
 2024年には日テレの『世界を変えた20人のアーティスト』に美輪様が生出演し、カムアウトして闘ったのは何人ものゲイの友人が自殺したからだったと語り、この番組の白眉となりました。

 一貫して愛を歌い、愛の素晴らしさを説いた方でした。
 事務所が28日に公開した、美輪さん本人から預かった直筆のメッセージには「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありませんこの世のすべての問題を解く鍵は愛です愛があれば戦争なんか起こりません」と書かれていたそうです。

 よく「ひとつの時代が終わった」という言い方がされますが、美輪様ほどこの言葉の重みを感じさせる方はほかにいないのではないでしょうか。今この時代に美輪様が天に召されてしまったこと、本当に残念でなりません。

 
参考記事:
【全文】美輪明宏さん死去 91歳 約3か月前に体調を崩し自宅で静養 生前に残していたメッセージも公開(日テレ)
https://news.ntv.co.jp/category/culture/2afd340d0570480c97b8a4fad6a39457

【全文】歌手・俳優の美輪明宏さん死去、91歳 長崎で被爆 最後に遺した”直筆メッセージ”「すべての問題を解く鍵は…」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2763901

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