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ノンバイナリーの詩人・成清朔さんが中原中也賞を受賞

 4月29日、第31回中原中也賞の贈呈式が行なわれ、京都府在住でノンバイナリーの成清朔(なりきよ・さく)さんが受賞しました。成清さんは「尊敬する詩人たちの足跡が残る同賞に憧れていた。詩を信じてきてよかった。賞の名に負けぬよう書き続けていく」とコメントしています。
 

 中原中也賞は山口市出身の詩人・中原中也の顕彰と現代詩の新たな才能にスポットを当てる「詩の登竜門」とも呼ばれる賞です。今回は267点の詩集の中から京都府の成清朔さんの初めての詩集「彼方の幽霊」が選ばれ、受賞しました。5人の選考委員が全会一致で推したそうです。

 テレビ山口によると、選考委員の川上未映子さんは「いろんなものの性とか生きづらさとかそういったものを静かに告発する内容もあるかもしれない」と作品について述べ、「このような声で、文章で、このような場所から語られたことはないんじゃないか。静かな、新鮮さに満ちたすばらしい詩集」と絶賛しました。
 贈呈式の総評で選考委員の蜂飼耳さん(詩人)は「新鮮で時代の空気感をも捉えている。私たちを自由にしてくれるような言葉が詩集のあちこちにある」「生きている人間の身体について一般的な視点と個人の視点が交錯するところを繊細にことばに置き換えている」と語りました。
 同じく選考委員のカニエ・ナハさん(詩人)は「既成の価値観やジェンダーとの間の違和感に正面から向き合って、成清さんの詩でしか表現できない形でつくりあげた作品」と評しました。

 成清さんは姿や声を公表することなく活動しているため、贈呈式の会場には来られませんでしたが、山口市の伊藤市長から中原中也のブロンズ像と陶板などが成清さんの代理の友人に手渡されました。そして、成清さんの受賞あいさつ文が代読されました。以下、その全文です。

自分について語るための言葉が自分にはないという感覚をずっと持っていて、ほんとうのことは言葉として口にする瞬間に溶けてに消えてしまうから、雪みたいだなと思ったりします。諦めることや手放すことで折り合いをつけてきたたくさんの出来事のなかで、どうしても手放せずにいたこと、それをまだちゃんと自分の手が握りしめていると確かめるために書いているのかもしれません。

「死ななくてよかった、と思える日に思い出して」、と書き残した四年前の自分へ、いまこの地点から応答したいと思います。自分はいまも書くことをやめないでいると。

中原中也賞の報道発表資料をご覧になった方はご存知かもしれませんが、わたしは、クィアのノンバイナリーです。これまではずっとクローゼットの中にいました。特に性別の記入を求められない限りは言うつもりがなかったからです。中原中也賞に応募するとき、応募用紙に性別を記載する欄があったので、そこには無性と記載しました。性別を選択することを迫られたり、記述を求められることは、社会から要請されるラベルを自分自身に貼り付けているような気持ち悪さがあり、未だに馴染むことができずにいます。自分にとって、どのように名指されることも、それが自分自身を指すものであると形式的にわかっていても、どこか表層の毎日剥がれ落ちてゆく部分を呼ばれているような感覚があり、自分が自分として生きるということは、常にそのような違和に立ち止まり、対峙することの連続によって成るものでした。例えば、容姿で、髪型で、装いで、声で、振る舞いで、言動で、あるいは名前で、あらゆるものによってどちらかの性別の人間であると他者から判断される、それは意識的にも無意識的にも行われることで、その視線は、どちらにせよ自分にとっては最悪でした。成清朔は、自分の言葉における書き手です。性別というものに落とし込まれること、あらゆる代名詞によって呼ばれることを明確に拒み、自己の内外をつなぐこのことばにおいて、どこまでも自由であることを望みます。このような理由から、本日は司会者さまのお声をお借りして、お話させていただいております。

 ユリイカに掲載いただいた受賞のことばにも書きましたが、ここには、かつて行われてきた、いままさに行われている、そしてこれから行われようとしているあらゆる戦争があり、あらゆる暴力があり、あらゆる差別があります。そしてそこには、語られることのない、ひとりひとりの痛みや、悲しみ、怒り、苦しみ、歴史がある。この地上に生きてあるものというのは、過去から地続きの地平に立っていて、ここで起きるすべてのことと関係し得るはずです。そのような場所に立つひとりとして、わたしたちの分かり合えなさについて考えています。どのように生きたいか、生きてゆくかを自分自身で決めること、それは表明しようとも、表明しなくとも、誰に認められなくとも守られるべきものです。たとえ表明しないことを選んでも、それはいないということと同義ではありません。

わたしたちは、それぞれの、自分に表示されるレイヤーのなかで関係しあって生きていて、そこには非表示になっているレイヤーというものもまたあるのだと思います。それは存在していないのではなく、まだ見たことのないもの、認識していないもの、知らないもの、見たくないもの、見ないようにしているもの、などが見えていないという状態になっている。学ぶということは、自分に表示されるレイヤーを増やしてゆくことなのではないでしょうか。冒頭に自身がクィアであることにふれましたが、自分は他者から見て、あるいは社会の側から見て、この非表示のレイヤーの側に立っているのだと感じる瞬間がよくあります。これはもちろんクィアに限らず起こっていることです。トランスフォビアやホモフォビアという言葉がありますが、トランスジェンダーであったり、二元的ではない性を生きている人、異性愛規範のなかにいない、同性を好きになる、愛する人、あるいは誰とも恋愛をしない人などに対する差別的な発言や暴力、制度的な不平等や困難、ハラスメントなどがずっと起きています。そして、今まさに行われている戦争、パレスチナのガザやヨルダン川西岸では、多くの子どもたちを含む大勢の人々が民族浄化の犠牲になっていて、いま生きているひとたちも、家族や友だちや近しい人、大切な人が殺されたり、自分自身も常に死の危機に晒されている、それはいまも止まることなく続いていることで、ずっと起きてきた暴力です。非表示のレイヤーにいるということは、想定されないというだけでなく、もっと悪い状態になると意図的に無視されたり、排除されたり、攻撃されたり、最悪の場合殺されたりする。その個人が人として生きる権利を脅かされたり、奪われるということです。

 想像をすることしかできないこと、あるいは想像をすることさえも難しいことが、これまでにもこの先にも果てることなく出てくるのだと思います。からだひとつで生きているわたしたちには、むしろ自分自身の実感として知ること、体験できることの方がきっとずっと少ない。それでも自分に見えていないものがあるということや、分かり合えなさを引き受けて書いてくしかないと思っています。

『彼方の幽霊」の制作の動機のひとつは、生きてゆくための勇気となることでした。いつかの自分にとって、あるいは、ここにある詩にいつか出会う誰かにとって。それは、自分がここに在ってうれしいと思うものに対する気持ちでした。ほんとうには触れることができなくとも、その存在は、自分の手を握ってくれるような、そっと背中を押してくれるような、その体温が伝わってくるような心強さがあると信じています。自分には、その勇気によって生きることのできた時間が少なからずあり、その地続きの時間のなかで、ことばを見つけてゆくことができたと思うからです。

 他のどんな言葉よりも、詩のなかでだけ話せることが自分にはあること、それは 「They」という詩を書いたときに覚え、それから自分が詩を書くということの水源になっているものです。自分にもことばがあるということ、それをつよく感じられることは喜びでした。詩がここに在ってよかったです。自分が生きていくというそのことの側で出会うことができて。だからこそ、この先も自分は書いていこうと思います。

最後に、この詩集の宛名である彼方の幽霊たちへ、あなたが、わたしたちが、たとえ自分を表すことばを見つけられなくとも、何かを諦めたり、折り合いをつけていくことがあったとしても、クローゼットにいても、迷ったり、死にたくなったりしても、あなたの、わたしたちのなかにあるほんとうが損なわれることは決してありません。
いつか出会えますように、どうか良き日々を、そして良きパレードを。

成清朔


 これまでさまざまなLGBTQの方たちが、文学賞だったり、いろんな賞を受賞してこられましたが、こんなにも胸を打つような言葉で同じクィアの、特にクローゼットにいる仲間達へのエールを綴った受賞コメントはなかったのではないでしょうか。素晴らしいです。
 
 成清さんの詩集「彼方の幽霊」は、当初「私家版」と呼ばれる自費出版の形で発表されましたが、現在は青土社を通じて流通に乗り、書店などでも手に入れられるようになっています。



参考記事:
「詩のなかでだけ話せることが自分にはある」 中原中也賞受賞 成清朔さんコメント全文(テレビ山口)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2633789
成清朔さんの詩集「彼方の幽霊」が中原中也賞に~中也の誕生日にふるさとで贈呈式(山口放送)
https://news.ntv.co.jp/n/kry/category/society/krc3209cb91fde44118ce53a6889cda58f

中原中也賞に京都府在住・成清朔さん「彼方の幽霊」…選考委員「20歳代半ばで完成度が高く才能を感じる」(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20260222-GYS1T00005/
中原中也賞 詩集「彼方の幽霊」 成清朔さん代理人に贈呈(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20260430/ddl/k35/200/164000c
山口市の中原中也賞、詩集「彼方の幽霊」の成清朔さんに 贈呈式で「詩を信じてきてよかった」(中国新聞)
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/824825

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