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同性婚家事審判申立ての小浜さんのパートナーさんが逝去
昨年5月、仙台で同性婚家事審判を申し立てている小浜さんのパートナーが倒れ、脳に障害が…「早く動いてください」とのニュースをお伝えしていましたが、このたび、パートナーの方が昨年末に亡くなっていたことを小浜さんが発表しました。心からご冥福をお祈りします。
2019年から全国5ヵ所で一斉に提訴されてきた「結婚の自由をすべての人に」訴訟とは別に、仙台在住の小浜耕治さんとそのパートナーさんは仙台市に婚姻届の受理命令を出すよう仙台家裁に家事審判の申立てを行ないました。地裁→高裁→最高裁だと5年以上もかかる司法判断に比べ、家裁のほうが確定期間が短いためです。申立てを行なった2024年時点でパートナーの方は79歳でした。
お二人は1993年に仙台のバーで知り合い、間もなくおつきあいが始まり、95年から一緒に暮らしはじめました。小浜さんは、同居生活が25年以上となり、還暦を迎えた時、パートナーの老いが目に見えて明らかになり、結婚を意識しはじめたといいます。コロナ禍で「もし旦那が入院したら、通常の夫婦でさえなかなか会えないのに、自分は最期の時も会えないかも」と怖くなったそうです。結婚が認められず、医療行為への同意権や法定相続権がないなか、旦那が入院した際、その姉に手術の同意を頼んだり、父親にカムアウトするも「結婚はどうするんだ」と返され、何も言えなくなったこともあるそうです。申立てに際し、小浜さんは「誰かを悲しませ、諦めさせる社会を変えたい」と語っていました。
CALL4に掲載された小浜さんの文章によると、昨年3月にパートナーさんが自宅で倒れ、救急搬送されて入院治療が始まりました。その過程で明確な意思表示が困難になり、治療に関する意思決定を小浜さんが行なってきました。介護認定や障害者認定の申請も。未だ法的な家族とは認められていませんが、仙台市で「パートナーシップ宣誓証明制度」が施行されていたこともあり、窓口等では「同性パートナーです」と明確に告げ、場合により同意書の記入をする意思があること、30年にわたって同居し、家族同然に暮らしてきたことを説明すると、支障なく手続きを行なえたそうです。急性期病院、特別な処置のための病院、長期加療の病院、療養型病床の病院と転院してきましたが、そのいずれでも家族として病状の説明や療養体制の相談に対応していただけたそうです。パートナーさんのごきょうだいなど親類のみなさんにも状況を伝え、支えていただき、遠方から面会に来ていただくなどしていただけたそうです。昨年12月に亡くなった時にも病院からはスムーズに連絡を受け、親類の方にも臨終に立ち会っていただけ、葬儀では小浜さんが喪主となり、滞りなく終えることができ、役所の手続きも可能な限り行なうことができたそうです。現在は30年来の家族としてのパートナーを喪なったことを振り返りながら、静かに日々を暮らしていますが、未だ果たせていない相続などの手続きもあり、パートナーさんの「死後も、法的家族と認められない状況を突きつけられている思い」とのことです。
小浜さんはこれで申立てをやめるのではなく、「私たちが婚姻届を提出した法的家族であることを求めて、今後も家事審判を継続」していくそうです。
佐藤郁夫さんに続き、またひと方、原告の方が同性婚実現に間に合わずに亡くなってしまいました(原告ではありませんが、2014年に同性カップルとして初めて公に市役所に婚姻届を提出した宇佐美翔子さんも、同性婚の実現に間に合わず、亡くなりました)。本当に残念です。


