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レズビアン作家・王谷晶さんの『ババヤガの夜』が英ダガー賞翻訳部門を受賞
優れた推理小説・犯罪小説に贈られる英国推理作家協会賞=ダガー賞の翻訳部門に、オープンリー・レズビアンの作家、王谷晶さんの『ババヤガの夜』が選ばれました。日本人作家の作品としては初の快挙だそうです。
英国推理作家協会賞=ダガー賞は1955年に創設され、米国のエドガー賞と並び、世界でも権威がある推理小説の賞とされています。ロンドンで3日、今年の受賞作が発表され、王谷晶さんが著し、サム・ベットさんが翻訳した長編小説『ババヤガの夜』が見事に受賞しました。
王谷晶(おうたにあきら)さんは1981年に東京で生まれ、その後北関東で育ち、ゲームのシナリオライターを経て作家として活動するようになり、ノベライズやキャラクター文芸を発表した後、2018年1月に『完璧じゃない、あたしたち』という女性どうしの話ばかりを23編集めた短編集を刊行し、注目を集めました。好書好日「王谷晶さんの読んできた本たち 10代でオタクに目覚め「クィア文学」を読みあさったBL前夜」によると、11歳、12歳の頃から『JUNE』に影響を受け、男性どうしの恋愛を描いた小説を読み漁っていたそうです。中学生時代は今でいうクィア文学的なものを探して、仁川高丸さんの『微熱狼少女』や橋本治さんの『桃尻娘』シリーズも読んだそうです。現代メディアの「同性愛を「治そう」としたものの諦めた「レズビアン作家」の告白」という記事では、レズビアンであることや、カムアウトした際の周囲の反応についてのリアルな心情が吐露されています。
そんな王谷さんの『ババヤガの夜』は、2020年『文藝』秋季号の特集「覚醒するシスターフッド」の目玉として掲載された作品で、恐ろしいほどけんかに強い主人公の女性が護衛を任された暴力団の会長の一人娘と信頼関係(シスターフッド)を深めながら社会の闇に迫る物語です。
先月の「NHK100分de名著」にアトウッド『侍女の物語』『誓願』の解説者として出演したことも記憶に新しい翻訳家・文芸批評家の鴻巣友季子さんによると(好書好日「ダガー賞翻訳部門受賞、王谷晶「ババヤガの夜」と日本小説ブーム 鴻巣友季子の文学潮流・特別編」)「クィア・ロマンス」とも称されるこの作品は、同性の性愛に焦点を当てるのではなく、いわゆる「魂の伴侶(ソウルメイト)」を描いている作品(女性のバディもの)です。
この作品は、日本推理作家協会賞長編部門にノミネートされてはいましたが、王谷さん自身、「直木賞も芥川賞もどっちも獲れなさそうな中途半端なゾーン」と語っているように、さほど国内の文学界からは評価を得られず、むしろ英国や米国、韓国で翻訳・刊行されてから海外で「洗練された手法で女性をエンパワメントする物語だ」といった高い評価を受けるようになりました。
今回、見事、ダガー賞に輝いた王谷さんは、3日(現地時間)のロンドンでの授賞式でこのようにスピーチしました。
「今は、とにかく驚いています。完全に混乱しています。『モンティ・パイソン』のスケッチに出ている気分です。昨夜は『フォルティ・タワーズ』みたいな素敵なホテルに泊まりましたし。何より感謝したいのは、翻訳のサム・ベットさんです。この本は日本のローカルな要素がたくさんあります。サムさんはそういった作品の細やかな部分をひとつひとつ大切にしてくれて、そのうえで素晴らしい英訳を作り上げてくれました。本当にありがとうございます。
私はミステリ専門の作家ではありません。様々な種類の作品を書きます。日本では作品と作家は細かくジャンル分けされているので、私は曖昧な作家と思われています。曖昧であることは私の作家としてのテーマそのものです。自分の曖昧さを受け入れ、他人の曖昧さを認めることが世の中をよりよくすると信じています。この作品の主人公たちも、はっきりとラベリングできない関係と人生を手に入れます。これは何よりも私が読みたかった要素です。
同時にこれはバイオレンス満載の物語でもあります。ここにお集まりの皆さんは私と同じく血や殺人や犯罪や、復讐や暴力が大好きな方々だと思います。もちろんフィクションの。私はバイオレンス・フィクションの愛好家ほど、よりさらに現実世界の平和を願い、行動しなければいけないと思っています。リアルの暴力が溢れている世界では、フィクションの暴力は生きていけません。歴史が物語っています。これからも首無し死体やパーティでの毒殺を楽しむためにも、今回いただいた栄誉を、世界の平和のために少しでも役立てたいと思います。Thank you.」
また、翻訳を担当したサム・ベットさんは、「任侠映画やロードムービーというジャンルを採用しながら、それらのルールをひっくり返して未知の世界へたどりつき、何度読んでも生命力が感じられます。エンターテインメント的に暴力や暗い内容をどんどん取り入れながら、文章と物語は精度が高く、映画のような活力を紙面の活字だけでつくった物語だという点が評価されているのだと思います」と語っています。
受賞理由について英国推理作家協会は「まるで漫画のように日本のヤクザを描いたこの作品は、登場人物たちの深い人間性を際立たせるために、容赦のない暴力描写に満ちている。むだのない展開で、独創的かつ、奇妙ではあるものの見事なラブストーリーを紡ぎ出している」などとしています。
『ババヤガの夜』は文庫化もされていて、電子書籍でも読めます。興味のある方はぜひ、読んでみてください。
参考記事:
「ダガー賞」翻訳部門に王谷晶さん「ババヤガの夜」日本人初(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250704/k10014853431000.html
英「ダガー賞」翻訳部門 王谷晶さん「ババヤガの夜」が日本作品初の受賞 「ただビックリし続けている」(日本テレビ)
https://news.ntv.co.jp/category/international/144c4a0b80f9457cbd67e783f700db76
日本人初快挙!王谷晶さん「ババヤガの夜」がダガー賞翻訳部門受賞「多くの人に読んでいただける」 世界最高峰ミステリー文学賞(TBS)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2022968?display=1
英ダガー賞に王谷晶さん 「ババヤガの夜」、日本人初(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025070400219&g=int
王谷晶さん小説に英ダガー賞 日本人初「ババヤガの夜」(日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD0404F0U5A700C2000000/
「リアルな暴力あふれる世界では、フィクションは生きていけない」…ダガー賞受賞の王谷晶さんが平和祈念(読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20250704-OYT1T50055/
英ダガー賞の王谷晶さん スピーチで「リアルの暴力」否定し平和願う(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20250704/k00/00m/040/048000c
英ダガー賞に王谷晶さんの「ババヤガの夜」 翻訳部門、日本作品で初(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/AST734J8ST73UCVL01MM.html
【王谷晶さんにダガー賞】北野映画ばりの暴力描写と根底に流れる「シスターフッド」(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/417573