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フィリピン人トランス女性が難民認定を求めています
フィリピン人トランスジェンダー女性のアイコさんが東京入管による難民不認定処分の取消しを求めて国を提訴し、その第1回期日が7月28日に東京地裁で開かれ、記者会見も行なわれました。アイコさんは母国フィリピンで迫害を受けているとして難民認定を求めています。
弁護士JPによると、アイコさんは1978年にフィリピンで生まれましたが、トランスジェンダー女性であることを理由に父や兄など親族からの虐待を受けたほか、社会においても痴漢などの被害を受けてきたといいます。タレント事務所に採用された際にも、マネージャーらからレイプされたといい、警察に通報しても笑いものにされるだけで、取り合ってもらえなかったといいます。
1999年、20歳のときに来日し、赤羽のショーパブで働いていましたたが、パスポートをプロモーターに取り上げられ、夜8時から翌朝5時まで週6日働かせられ、「これは人身売買だった」と訴えています。
アイコさんはのちに難民申請が可能であることを知り、2022年に申請を行ないました(2018年に初めて難民認定が下り、以降も母国での迫害を理由としたLGBTQへの難民認定が数件認められています。ガイドラインも策定されました)。原告側は、アイコさんがフィリピンで受けた差別・迫害は難民条約における「『特定の社会的集団の構成員であること』を理由に迫害を受けるおそれがあるという恐怖を有すること」に該当すると主張しています。
第1回期日の後に会見を開いた原告代理人の笹本潤弁護士によると、トランスジェンダーであることを理由にした迫害に関する難民認定訴訟の数は少なく、申請が認められたケースもないそうです。
難民認定訴訟では、申請した人の母国の社会で「政治的意見」や「特定の社会的集団の構成員であること」を理由にした迫害が存在するという一般的な状況、および、申請者本人がその迫害を受けているという個別的な状況の両方が争点となります。
28日に国側が提出した答弁書には、「フィリピンにはトランスジェンダー女性に対する迫害は存在しない」という主張を支持する根拠として「トランスジェンダー女性を殺人した犯人が逮捕された事例がある」「トランスジェンダー女性の国会議員がいる」「差別行為を罰する法案が何度も上程されている」「プライドパレードが開催されている」などと書かれていたそうで、これらに対し、笹本弁護士は「プライドパレードが開催されるのは、それだけの差別が社会に存在することの裏返しである」と指摘し、「フィリピンでは、LGBTQ+全般を保護する法律が制定されそうになると保守的な勢力に反故(ほご)にされる、という事態がこの20年間繰り返されてきた。いくつか条例はあるが、それも有名無実化している。警察が被害に対応せず、立法もなされないことは『迫害』に該当する」と反論しています。
また、フィリピンではトランスジェンダーを標的にした殺人も非常に多く、確認されている限りで2007年から2025年の間に79人が殺されているそうです。2020年には、2014年にフィリピンでトランス女性を殺害し禁錮10年の判決を言い渡され収監されていたアメリカ人兵士にドゥテルテ大統領(当時)が恩赦を与えています。
さらに、性自認を変えさせようとするコンバージョンセラピー(転向療法)もフィリピンでは合法とされているそうです。
笹本弁護士は「国側の主張にはいずれも反論可能である」として、今後はフィリピンにおけるトランスジェンダー差別の被害や警察・公的機関について調査を行ない、証拠を提出していく構えです。
会見ではアイコさんは「フィリピン人権委員会はトランスジェンダーに対する殺人が問題であるとは認めたが、トランス殺人を予防するための十分な制限を行う法的能力も制度もありません。政府や大統領たちが、基本的な平等や機会均等を実現しようとすることもありません。フィリピンは、トランスジェンダーが人間として扱われる状況にはありません。浅い寛容はあるとしても、反動的な迫害が存在します」と語りました。
アイコさんはフィリピンでの迫害やレイプの経験、また日本の入管で受けた差別的な対応やヘイトスピーチなどが原因でPTSDと診断されているといいます。フィリピンに戻ると、たとえ殺されないとしても、自殺してしまうおそれがあるそうです。
会見にはLGBTQ+支援団体の「Bahaghari Philippines(バハガリ・フィリピンズ)」の代表者も参加し、「彼女の難民申請を拒む理由は、日本にはない。いまこそ、ジェンダーに基づく暴力の被害者に対して保護と安寧を与える歴史的な判決を出してほしい」と訴えました。
次回期日は10月の予定。笹本弁護士によると、判決まで1~2年かかる可能性が高いそうです。
認定NPO法人難民支援協会は、そもそも難民条約の解釈が狭く厳しいと指摘されている日本では、LGBTQ難民も長年m条約上の難民に該当しないとされてきた、と述べています。
「難民として認定された事例の数もまだ少なく、今後も適切に保護されるか注視が必要です。また、日本が国際的な潮流にあわせて「LGBT難民」を認定するようになった意義が、より広く認識されることも重要です。
同時に、日本に逃れた「LGBT難民」が安心して新たな生活を築いていくためには、社会において性的マイノリティの人々の権利が保障される必要があることも忘れてはなりません。性的マイノリティについて、日本では行政や自治体レベルの取り組みは徐々に進んできていますが、性的指向や性自認に関する差別を禁止する法律は制定されておらず、先に引用したILGA(国際LGBTI+協会)の調査では、「制限付き・不均一な法的保護がなされている」国に分類されています(注:LGBTQ差別禁止法が制定されている国々に比べると不十分です)
世界で性的マイノリティへの深刻な迫害が続くなか、難民として逃れてくる方々を適切に保護し、その方々が社会の中で尊厳を持ち、安心して暮らしていけるよう、社会のあり方が変わっていく必要があります。」
上智大学教員の稲葉奈々子氏は『国際人権ひろば No.159(2021年09月発行号)』に寄稿した「日本の難民認定基準にジェンダー視点の導入を」と題した記事で、ペルー人トランス女性であるマリエさん(仮名)が日本で難民申請をしたが認められず、入管に収容された際、男性のブロックに収容され、複数の男性との同室を強いられ、暴力を経験したこと、ホルモン投与も認められず、個人としての尊厳が尊重されることはなかった、つまり、収容所内では社会的な性としてのジェンダーではなく生物学的な性のみに基づいて管理されていることを指摘したうえで、こう述べています。
「イタリアの哲学者アガンベンは、主権国家により社会的・政治的な生を奪われて、生物的な生としてのみ存在させられる人を「剥き出しの生」として描いた。アガンベンが念頭に置いていたのは、ナチスの強制収容所の囚人だが、現代においても、入管収容所や刑務所に囚われた人々は、まさに主権国家が生み出す「剥き出しの生」である」
「人間を「剥き出しの生」として存在させる国家の暴力に歯止めをかけなければ、ジェンダーや性別に基づく制度的な暴力を止めることはできないだろう」
まず国が(LGBT理解増進法も施行されているわけですし)誰もが自身のジェンダーを生きることは人間としての基本的な尊厳であり、トランスジェンダーだけがそれを尊重されず、不当に奪われるということは暴力的であり人権侵害であるということの理解を隅々まで広げ、トランスジェンダーが(G7首脳声明にあるように)差別や暴力に晒されることなく生きていける社会になるよう努めてほしい、そのうえでアイコさんの難民認定の訴えを認める歴史的な判決が出てほしい、と願う方は少なくないはずです。
参考記事:
フィリピン人トランスジェンダー女性が「難民認定」求めて会見 母国には「迫害」存在する…当事者標的の“殺人事件”も多発(弁護士JPニュース)
https://www.ben54.jp/news/2516/