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米五輪委がトランス女子選手の女子競技への参加を禁止へ。一方、IOCは…
米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)はトランプ大統領が署名したトランス女性の選手が女子スポーツに参加することを禁止する大統領令に従う方針を示しました。米国のトランス女性アスリートは今後、オリンピック・パラリンピックの女子競技に出場できなくなります。
USOPCの公式サイトに21日までに掲載されたアスリートの安全に関する規定の中で「追加要件」という新たなサブセクションとして「大統領令に沿って、女性選手が公正で安全な競技環境を得られるよう努める」などと記載されました。
複数の米メディアによると、これまでUSOPCはトランスジェンダーの選手の出場資格に関する決定は各競技の統括団体に委ねていましたが、今回、初めて言及したということです。USOPCは「新しい方針の実施に向け、統括団体と協力していく」ということで、2028年にロサンゼルスで開催される五輪・パラリンピックにも影響すると見られます。
ABCニュースとESPN(スポーツ専門メディア)が入手した、USOPCのサラ・ハーシュランドCEOとジーン・サイクス会長が22日に米国選手団「チームUSA」に送ったメモには、トランプ氏が2月に出した大統領令に言及し、「連邦政府公認団体として、連邦政府の期待に従う義務がある」と記されていました。
全米大学体育協会(NCAA)もトランプ氏の大統領令が出た直後、トランスジェンダー選手の競技参加に関する方針を変更し、女子競技に参加できる選手を出生時に女性と診断された選手のみに限定しました。
今月1日にはペンシルベニア大学がトランス女子選手の女子競技への出場を禁止する方針を表明しました。同大学ではトランス女子学生が女子の競泳の大会で優勝したことに不公平だとの声が上がっており、トランプ政権が同大学への助成金を凍結していました。CNNは、同大学が方針を転換したことによって凍結された助成金1億7500万ドルを再び受け取れるようになったと報じています(トランプ政権は、政権の方針にそぐわない大学に対し、政府からの資金の打ち切りを相次いで通告し、圧力をかけてきました)
また、ニューヨーク・タイムズによると、アメリカのフェンシング協会が新たな規定を適用し、8月1日からは該当するトランスジェンダーの選手が参加できるのは男子競技に限定されることになりました。
このように米国ではトランプ大統領就任以降、大学スポーツであれプロスポーツであれ、トランス女子アスリートが参加できる場が急速に奪われてきました。
昨年8月に日テレが「Outsports」創設者のジム・ブジンスキ氏にインタビューした際は、ブジンスキ氏も「ロス五輪は、歴史上最もgayなオリンピックになると思いますね」と語っていて、きっと素晴らしい大会になるに違いないとの期待を抱かせましたが、今年トランプ政権が誕生したことで、にわかに暗雲が立ち込めてきました。
トランプ大統領は女子競技に参加するため米国への入国を求めるトランスジェンダー選手のビザ(査証)の審査の厳格化も国土安全保障省に命令しています。ロス五輪についてもトランス女性選手の女子競技の参加を認めないとしています。これに対し、五輪憲章で性的指向による差別を禁じ、「いかなる選手もジェンダーアイデンティティやフィジカルな性の多様性を理由に競技から排除されるべきではない」との指針も打ち出してきた(パリ五輪でもフィジカル面で憶測やデマやバッシングに見舞われた女子選手を毅然と擁護していた)IOCが、米政権のトランス排除政策にどのように立ち向かうのかが気になるところでした。
今年初め、IOC初の女性会長としてカースティ・コベントリー氏が新会長に就任しましたが、6月26日の記者会見でコベントリー会長はトランスジェンダーを含めた性別ごとの選手の出場資格について「IOCが主導的な役割を果たし、専門家や国際競技団体を結集させて合意形成を図る。女子選手のカテゴリーを保護しなければならない」と述べました。主要メディアはほとんど深掘りしていませんが、「女子選手のカテゴリーを保護」という発言は、トランス女性選手の女子競技への参加を(トランプ氏と同様に)規制するつもりなのではないかとの懸念を抱かせます。実際、Learning Cycle Collective: Global Voices on DEIというサイトの「女性IOC新会長は希望か演出か|トランス排除と公平性の行方」という記事では、コベントリー会長が「トランス女性が女性の枠で競技に参加することを禁じる方針を公にしており、LGBTQ+の人権団体から強い反発の声が上がっている」とされています。「生物学的優位性をめぐる科学的議論はいまだ決着しておらず、このような方針は、トランスジェンダーやノンバイナリーなど、ジェンダーの枠を超えたアスリートたちの権利と尊厳を脅かすものだと批判されています。さらに、こうした措置によって、シスジェンダー女性であっても、見た目や体質が女性的ではないという理由で女子競技から排除されるおそれがあると指摘されています。実際、南アフリカ出身の女子中距離走選手キャスター・セメンヤは、男性ホルモンの値が体質的に高いことや外見的特徴を理由に、心身ともに過酷で不公平な検査を長年にわたり強いられてきました」
初の女性会長として、ジェンダー平等や性的多様性に関して優れたリーダーシップを発揮してくれるかと思いきや、このような狭量な姿勢とは…なんとも残念です。トランス女性がロス五輪に参加できる見込みは絶望的で、LGBTQ的には(史上最も素晴らしい大会になる世界線もあったはずなのに)ソチ五輪以来の問題含みの大会になってしまいそうです…。
ソチ五輪の反省から2014年、五輪憲章に「性的指向による差別の禁止」との文言が明記されて以降、カムアウトして五輪やパラリンピックに参加する選手が回を追うごとに増えていき、昨年のパリ五輪は史上最多の200名近いOUTアスリートが参加するまでになりました。2021年の東京五輪、次いで昨年のパリ・パラリンピックには初のトランス女性の選手が参加し、多様性やインクルージョンの重要な象徴となりました。が、そうした輝かしい前進が、ここに来て後退してしまいそうになっていることを危惧します。
五輪に限らずスポーツの場で、性別や性的指向・性自認にかかわらず誰もが安心して参加でき、楽しめる状況をどうしたら作っていけるのか、人権の観点からきめ細かく、粘り強く議論していく必要があるでしょう。
<ご参考>
COSMOPOLITAN USの「女子スポーツ界からのトランスジェンダー排除は、本当に「公平」なこと?」という記事では、テニスやサッカー、競泳で、女性たちはすでに男性を超える記録を出していること、男性は強さの面で女性に勝り、スポーツには男性の体格の方が適しているといった考えは誤りであることが人類学者らによって明らかにされていること、性別による成績の違いは「生物学的な優位性によるものではなく、トレーニングの質によるものだった」ということ、一般的な認識とは異なりトランスジェンダーの選手たちは実際はシスジェンダーの選手たちより身体的に不利な状況に置かれているとの指摘もあること、そもそもハイレベルでの競技に平等など存在しないことなどを挙げ、「痩せすぎの男性でも必要なだけの筋肉をつければNFLチームに入れるなら、あらゆる規則に従い、強みになるといわれる部分をすべて捨て去ったトランスジェンダーの女性も、あらゆるスポーツへの参加が認められるべきではないだろうか」と述べられています。
それから、GQ JAPANの「トランスジェンダーの選手について異なる議論をしよう【スポーツを「考える」vol.1】」で『〈体育会系女子〉のポリティクス身体・ジェンダー・セクシュアリティ』などの著書を持つ関西大学の井谷聡子准教授は、「これまでトランス女性がオリンピックの女子競技でメダルを手にしたことはありませんし、女子世界記録を更新した人もいません。ホルモン療法を受けたトランス女性がシス女性よりもあらゆるスポーツで有利になることを証明する研究結果もありません。むしろ、数は少ないながらもこれまで蓄積されてきた研究成果と、スポーツにおいても当然なされるべき人権への配慮を踏まえて、不完全ながらもトランスジェンダーの出場規定が定められてきたのです」と述べています。「トランスの人はそもそもスポーツ参加そのものに困難を抱えることが多く、それが社会のトランス差別と排除の構造によるものであること、昨今の議論はその排除傾向をより強めている問題にこそ注目が集まって欲しいと思います。どうすればあらゆる人が差別を恐れず当たり前に参加できる環境を作れるのかについて、人権をベースにした冷静な議論が必要です。人権と参加する権利が疎かにされたスポーツなら、ない方がマシでしょう」とも。
もともと近代スポーツは男性身体優位であり、女性や同性愛者の参加は次第に実現されてきたものの、トランスジェンダーや性分化疾患の方たちの包摂という課題は解決されないままであるということを研究者が丁寧に解き明かした『スポーツとLGBTQ+』という本も、とても参考になります。
参考記事:
米五輪・パラ委員会 “トランスジェンダー選手の女性スポーツ参加禁止”大統領令に従う方針(日テレ)
https://news.ntv.co.jp/category/international/61a84907183d46b4bee2e5d39402b18b
トランス選手の女子競技への参加を禁止へ アメリカのオリンピック・パラリンピック委員会が規定を変更「大統領令に沿い女性に公平・安全な競技環境を保証」(TBS)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2061961
米五輪委トランス選手禁止 女子競技参加、規定変更(共同通信)
https://www.47news.jp/12902649.html
トランス選手の女子競技参加禁止 トランプ大統領令に従う―米五輪委(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025072300383
米五輪委員会、トランス選手の女子競技参加禁止に 大統領令受け(ロイター)
https://jp.reuters.com/life/sports/MSAXGGC4IVIXRD4YZYB5VWXWNQ-2025-07-23/
米五輪・パラ委員会、トランプ氏の大統領令順守へ トランスジェンダー選手の女子競技出場禁じる内容(CNN)
https://www.cnn.co.jp/showbiz/35235815.html
トランス選手の女子競技参加禁止、米五輪委が規定変更(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3589933
IOC コベントリー新会長 性別ごとの出場資格の判断で新方針(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250627/k10014845691000.html
IOC・コベントリー新会長 トランスジェンダー選手の競技参加へのルール作りは「IOCが主導的な役割果たすべき」(TBS)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2006051?display=1
女性IOC新会長は希望か演出か|トランス排除と公平性の行方(Learning Cycle Collective: Global Voices on DEI)
https://blog-jp.learningcycle.co/2025/05/13/first-woman-ioc-president-faces-big-expectations