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母国で性別変更したトランス女性が住民票の性別表記の変更を認められず起こしていた裁判で、東京地裁が請求を棄却
住民票上の性別を男性から女性に変更するよう目黒区役所に求めたものの認められず、精神的に傷ついたなどとして、アメリカ国籍の永住者が起こした国家賠償訴訟で、東京地裁は6月11日、請求を棄却する判決を言い渡しました。判決を受けて原告は「私の人権、人格はどうでもいいという判決。私は女性。こういう状態にされるのは非常につらい」と語りました。
原告は、長年日本で暮らし、2000年に女性と結婚し、母国で性別変更したトランス女性が、日本で性別変更か婚姻解消かを迫られ、葛藤の末、裁判を起こすことを決意とのニュースでお伝えしていた青山学院大学教授のエリン・マクレディさん。日本で性別変更を申請したところ、妻との関係を結婚ではなく「縁故者」に変えるように言われ、葛藤の末、国を相手取って裁判を起こすことにしたものです。
2022年のレインボーマリッジフィルムフェスティバルでは、エリンさんと妻の緑さん、そして3人の息子たちの家族の姿や声を写したドキュメンタリー『私たちの家族』が上映され、グランプリを受賞しています。
エリンさんは2016年にトランスジェンダーであることをカムアウトし、ご家族の応援も得て、2018年に米国で男性から女性に性別を変更し、パスポートや在留カードの性別も変更しました。しかし、帰国後、当時住んでいた目黒区の区役所で住民票の性別を女性に変えるよう申し出たところ、住民票上のエリンさんの性別を女性に変更するのであれば、配偶者の緑さんの続柄を「妻」から「縁故者」に変更すると告げられ、精神的なダメージを受けました。このような扱いを不服として、エリンさんは2022年、国家賠償法に基づく損害賠償を求めて提訴しました。
その後、裁判の行方についてはあまり伝わってきてはいませんでしたが、この(プライド月間に当たる)6月、ようやく判決が下りました。東京地裁の阿部雅彦裁判長は11日、民法には同性婚を肯定する規定はなく、エリンさんの住民票の性別を変更することは日本の法体系に反すると判断し、行政側の対応が国家賠償法上「違法」とは認められないとして、請求を棄却しました。
弁護士ドットコムによると、判決後、エリンさん・緑さんと代理人弁護士の方たちが霞が関の司法記者クラブで記者会見を開きました。エリンさんは控訴せず、海外に移住するつもりだと語りました。
「4年もかけて、被告は(裁判を)引き延ばし引き延ばし、やってきたと感じています。控訴してまた同じようなことをするのは…(耐えられない)。判決では、私は(場面によって男性と扱われたり、女性と扱われたりすることを許容しているという点で)二重ジェンダー、ということになります。世界でも珍しい、私しかいない?」
「なぜこの国にこんなに一生懸命住もうとしたんでしょうね。少子化である日本、高齢化である日本、外国から人が来てほしいといいながらも、政府には私のようなLGBTQの人はこの国にいてほしくないという気持ちがあるように感じます。永住権を持っても、一生懸命やっても(政府から)『私たちのようにはなれません』と言われているように感じます」
妻の緑さんによると、エリンさんは昨年、うつで休職していたといいます。
「(エリンさんは)トランスジェンダーとして日本で生きるということが、大変つらくて、それならばということで、昨年1年間はベルリンで就職活動をしていました。幸いにもとても良い職が決まって、そちらに就職することになりました。裁判中に私たちがすごく感じたのは、『我が国の法律が気に入らないならば出て行けよ』と言われている気がずっとしていたということです。だから、『出て行きます』という結果になりました」
しかし、緑さんたちには子どもたちがいますし、高齢で要介護の両親もいるそうで、ベルリンについていくことは難しく、エリンさんだけが単身赴任で海外に行くことになったそうです。
「結局、この裁判で私たち家族はバラバラにされてしまいました。日本という国は、トランスジェンダーが生きにくい国、結婚しているトランスジェンダーを認めない国の意気込みというか、システム(があります)」
原告代理人をつとめた山下敏雅弁護士は、「訴え提起当初の2年間、『住民票上の性別変更ができないのは、同性婚になるからという理由である』ということは争点とされず、そこを争点としてもらうのに2年もかかりました。そして4年もかけて出た判決も、従来の同性婚訴訟の積み重ねを無視した『スカスカ』な内容で驚きました」と述べました。
同性婚を認めない民法等の諸規定は違憲であるとの判決が相次ぎ、最高裁でも早ければ来年に違憲判決が出るだろうと見込まれています。性同一性障害特例法についても、最高裁で「性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、個人の人格的存在と結び付いた法的利益」だとして、生殖不能要件(不妊化要件)を違憲とする判決が出ており、現在法律の見直しが進められているところです。残念ながら特例法の非婚要件については2000年に合憲判断が示されているのですが、昨年9月にはもともと結婚していたトランスジェンダーの夫婦が同時に性別変更することを家裁に認められるなど、柔軟な司法判断も見られるようになっています。住民票の性別欄についても事実婚と同様の表記を認める動きが広がっています(中野区や世田谷区でも認められています。目黒区は入っていませんが、昨年末には東京都の10区が連名で国に対応を要望しています)。このように、「結婚は男女間のみ」「結婚しているのなら性別変更は不可」として多様な性のありようを認めようとしない国の姿勢は、司法においても、自治体の現場においても批判され、変わることを突きつけられている状況です。そうした世の中の動きを視野に入れず、マイノリティに寄り添う気持ちも感じられない(司法は人権の最後の砦であるはずなのに)、杓子定規に日本の法体系に反すると断じた残念な判決と言えるのではないでしょうか。結果的にエリンさん・緑さん・息子さんたちの家族は引き裂かれ、遠く離れて暮らすことを余儀なくされます。ただ本当の自分の性別を生きただけで…。
参考記事:
住民票性別変更で請求棄却 米トランスジェンダー(共同通信)
https://nordot.app/1305524951983391210?c=302675738515047521?c=302675738515047521
住民票の「女性」記載認めず 米国で性別変更の原告敗訴 東京地裁(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025061100907
米国で性別変更した永住者、日本で認められず国賠提訴も敗訴「LGBTにいてほしくない気持ち感じる」(弁護士ドットコムニュース)
https://www.bengo4.com/c_16/n_18951/