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英最高裁が平等法の「女性」の定義は「生物学上の女性」だと裁定
英最高裁が16日、平等法における「女性」の定義を生物学的性別に基づく性別だとする判決を下しました。一方で判事のホッジ卿は、この判決をどちらかの勝利と見なすべきではないと説明し、平等法は依然としてトランスジェンダーの人々に差別からの保護を提供していると強調しました。
この訴訟は、スコットランドの女性団体「フォー・ウィメン・スコットランド」がスコットランド自治政府を相手に起こしたもので、職場や公共空間で性別に基づく差別を幅広く禁じている2010年制定の平等法において、法的な保護は生まれつきの女性だけに適用されるべきだと主張するものです。スコットランド自治政府はジェンダー承認証明書(GRC)を持つトランスジェンダーの人々にも適用されるべきだとしています。スコットランドの裁判所は2022年12月、法律上の性別について「生物学的な性別や出生時の性別に限定されない」として女性団体の主張を退け、同控訴裁判所も2023年11月にこの判断を支持していました。裁判は英最高裁に持ち込まれました。
英国は2004年、トランスジェンダーの人々が法的に性別変更するための道筋をジェンダー承認法(Gender Recognition Act)で定め、18歳以上で医師など専門家から性別違和の診断を受けた人に対してジェンダー承認証明書(GRC)を発行することになりました(性別適合手術が必要ないという点で、当時としては画期的でした。しかし、GRCの取得のためには途方もなく複雑かつ長い時間のかかる手続きや公的な申請が必要で、国民健康保険サービス(NHS)のジェンダーアイデンティティクリニックの予約を取るだけで何年も待たされることが問題視されています)。スコットランド議会は2022年、性別変更の法的手続きを簡易化する法案を採択しました。がしかし、英連邦政府がこれを覆しました(詳細はこちら)
一方、2010年に制定された平等法(Equality Act)は、「性別」や「ジェンダー変更」を含むさまざまな特性について、その特性に基づく差別からの保護を提供するものです。平等法のガイダンスは、トイレや更衣室、病棟など特定の場所について女性専用スペースの設置を認めています。「プライバシー、良識、トラウマ(心的外傷)の防止、健康と安全の確保」が目的です。つまり、それが望ましく、かつ適切であれば、いずれかの性だけのためにスペースを設置することは正当化されます。こうした女性専用スペースをGRCを持つトランス女性が利用することに反対する女性団体が、「女性」の定義は生物学的な性別だと主張し、訴えを起こしたのです。
最高裁の判事らは今回、この法律の「性別」が意味するのは生物学的な性別なのか、ジェンダー承認法で定義された法的に「証明された」性別なのか、判断を求められました。スコットランド政府は、GRCを持つトランスジェンダーの人々も生物学的女性と同じように性別に基づく保護を受ける権利があるとし、ジェンダー承認法によりGRCの取得が「実質的に」性別の変更を意味することが明確になったと論じていましたが、「フォー・ウィメン・スコットランド」は、性別を「不変の生物学的状態」とするのが「常識的な」解釈だと裁判で訴えていました。この裁判では昨年、2日間にわたって公聴会が開かれましたが、トランスジェンダーの当事者はただの一人も呼ばれなかったといいます。
16日、最高裁判事のロード・ホッジ卿は判決で、中心となる問題は「女性」と「性別」という言葉が法律でどのように定義されているかだとして「この裁判所の全員一致の決定は、2010年平等法における女性と性別の用語が、生物学的女性と生物学的性別を指すというものだ」と述べました。また、女性専用と指定されている場所やサービスについて、出生時に男性とされた(GRCを持つトランス女性を含む)人には利用する権利がないとも明示しました。しかし、ホッジ卿は「この判決を社会の一部のグループの勝利と見なすべきではない。そうではない」と付け加え、「平等法はトランスジェンダーに保護を与えるものである。性別再指定後の特徴による差別からの保護だけでなく、獲得されたジェンダーにおける事柄への直接的、間接的な差別やハラスメントからの保護だ」と強調しました。
この判決は、(多くのニュースが誤解を与えるような書き方をしていますが)英国の法体系全体ではなく、あくまでも平等法のなかでの女性の定義について判断したものです。そのうえで、依然として平等法はトランスジェンダーが差別を受けないよう保護を与えるものであり、女性団体がトランスジェンダーに勝利したなどということはないと釘を刺しています。もちろん、日本に影響を及ぼすものではありません。
朝日新聞「「女性」の法的定義めぐるイギリス最高裁判決 識者からの警鐘」によると、家族法やトランスジェンダー関連の制度について研究するゲーテ大学の石嶋舞さんは以下のように解説しています。
「2010年に制定された英国の平等法には差別を禁じる「保護特性」として9項目があり、年齢、人種、障害、性的指向などと並んで、「性別」「性別移行」があります。今回の判決は平等法の「性別」の定義における女性に、法的に性別を女性に変更した人を含むか否かの判断を下すものでした。
判決はまず、ある人がジェンダー認定法(GRA)に基づいて性別変更した後に法律上の性別で扱われるかは、各法律の文脈や目的に照らして決まるとしています。
また平等法の中での「女性」や「性別」の定義は統一されているべきだとしています。その上で、平等法の中の、授乳や妊娠に基づく差別についての規定で、妊娠可能なトランスの男性に配慮した「授乳する人」「出産する人」などの表現ではなく、単に「女性」と書いていることから、「女性」という言葉が生物学的な女性を指して使われているのは明らかだ、という判断をしました。
英国で法律上の性別の変更をするにはジェンダー認定証明書(GRC)の取得が必要です。ただ、機密文書であるGRCを持っているか否かを確認するのは、平等法に基づいて差別防止の義務を負うサービス提供者、雇用主、その他の組織などにとって容易ではありません。
こういった理由から、平等法での「性別」の解釈において、GRCの有無で「女性」「男性」のどちらに該当するかを区別するのは不合理だと判断されました。
このように、今回の判断は英国の平等法やジェンダー認定法における細かい事情に特化していて、判決も述べているように、この解釈がほかの法律や社会における「性別」の解釈に当てはめられるわけではありません」
とはいえ、BBCは“今後、多くの公的機関がジェンダー政策を見直すことになる”としていますし、英国のトランス+アライコミュニティからもこの判決を受けて悲しみや怒りのコメントが発せられています。
トランスジェンダーの権利団体「スコティッシュ・トランス」のヴィック・ヴァレンタイン代表は、判決に「ショックを受けた」と述べました。「GRCを持つトランス男性とトランス女性を法律がどのように認識するかについての、ここ20年間の理解を覆すものだ」「この判決は、トランスジェンダーの人々が男性と女性の両方の空間やサービスから排除されることがあることを示唆している」「その場合、私たちはどこに行くことを期待されるのか、またこの決定がすべての人にとって公平で平等な社会とどのように両立するのか、理解できない」
英グラスゴー・カレドニアン大学の法学上級講師、ニック・マケレル博士は、この判決によって、女性スペースから排除されたGRCを持つトランス女性は今後、自分が女性として差別を受けていると主張できなくなると述べました。また、単一性別の空間へのアクセスに関する議論は、この裁判で「解決されない」と指摘しました。「一夜にしてすべてが変わり、トランスジェンダーの人々がこれらのサービスにアクセスできなくなるわけではない。新しい定義がトランスジェンダーの人々にとって何を意味するかは、サービス提供者の考えによる」
英国のLGBTQメディア『Pink News』によると、英国のトランスジェンダーとして初めて有名ブランドに起用されたモデルであり、若いトランスジェンダーの人々の未来を守るべく、政府や世間に対して声を上げ続けてきた活動家でもあるマンロー・バーグドルフは判決後、SNSに「私たちは連帯し、この局面を乗り越える」と綴りました。「数日間、法の専門家たちがこの判決がトランスコミュニティに与える影響について語るのを聞いて過ごしてきました。そんなことをする間に、どうかお互いに歩み寄ってほしい」
『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』の著者、ショーン・フェイは、彼女のトランスの仲間たちに「私たちは最低の『ひどく暗い』結果には関係なくやっていこう」と語りました。「実際問題としてほとんどのトランス女性にとっては今までとあまり変わらないよね。ずっと敵意のある環境だった」
ベストセラーとなった『Queen B』の著者であるトランス女性のジュノ・ドーソンは、「トランスのみんなと友人たち、ネットから離れてお茶とケーキでも楽しみましょう」と呼びかけました。「私は今日も女性だし、昨日も女性だったし、明日も女性でしょう」「ただの一人のトランスジェンダーからも話を聞こうとしなかった判事は、私たち以上に私たちのことを知ってるはずがない。私たちは私たちであるところのもの。彼らは悲しい人たちね」
リアリティ番組「Married at First Sight」にトランス女性として初めて出演してスターになったエラ・モーガンは、判決に影響を受けた人たちは、大切な人と一緒に過ごそうと語りました。「愛する人と話しましょう。友達と話しましょう。あなたのことをよく理解し、愛し、そのままで認めてくれる人と。家族――chosen familyであれ、それ以外の家族であれ」
ドラマ『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート』シーズン3に出演してLGBTQの絶大な支持を得た英国の俳優エイミー・ルー・ウッドは、インスタグラムでアライとしてのスタンスを賢治氏、「純粋な怒り」と書きました。また『Outrage』の著者、エレン・ジョーンズの「この国は地獄のような悪の巣窟だ」というコメントをリポストしました。
エレン・ジョーンズの元の投稿は、このようなものでした。「UKの最高裁は平等法における性別を生物学的な性別と定義し、GRCを受けた人々を含まなかった。トランスピープルがエビデンスや知見から排除され、ただの一人も公聴会に呼ばれなかったという事実は、非道徳的であり、言い逃れができない」「この判決は英国を20年前に戻した」「トランスピープルは、この判決のせいで死ぬだろう。トランスの命は完全に廃棄可能だと思われているということころこそが問題だ」「クィアピープル、あなたたちの権利は後回しにされた」
参考記事:
英最高裁、平等法の「女性」定義は「生物学上の女性」 トランスジェンダーへの差別も同法で禁止(TBS)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1859606
英最高裁、平等法における女性を「生物学的性別」と定義 トランスジェンダーの保護も強調(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/articles/cly10xng2jzo
【解説】 「女性」の法的定義めぐる英最高裁判決、どういうもので何を意味するのか(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/articles/cz6d92v7vp7o
「女性」の法的定義めぐるイギリス最高裁判決 識者からの警鐘(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/AST4K319JT4KUTIL002M.html
「今こそ想像力を働かせて違いを受け入れる時」──トランスジェンダーの人権ために変革を起こすマンロー・バーグドルフ。【戦うモデル】(VOGUE JAPAN)
https://www.vogue.co.jp/change/article/models-in-challenge-munroe-bergdorf
Powerful words from British trans icons in wake of UK Supreme Court ruling: ‘We will carry on’(Pink News)
https://www.thepinknews.com/2025/04/17/trans-british-icons-uk-supreme-court-ruling/
White Lotus star Aimee Lou Wood defends trans rights after UK Supreme Court ruling: ‘Pure rage’(Pink News)
https://www.thepinknews.com/2025/04/17/aimee-lou-wood-responds-uk-supreme-court-ruling/