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経産省トランス女性職員の控訴審判決で、高裁がトイレ利用制限の違法性を認めず。職員は「ずさんな判決」だとして上告の意向

 経済産業省職員で、健康上の理由で性別適合手術を受けられず、戸籍上は男性のままのトランス女性が、女性トイレの利用を不当に制限されたり、上司に「男性に戻ったら?」などと言われ精神的苦痛から鬱を患ったとして国に処遇改善などを求めていた訴訟の控訴審判決が27日、東京高裁で言い渡され、北澤純一裁判長は、一審の判決を覆し、経産省のトイレ利用制限の対応は「不合理と言えない(適法である)」と判断しました。
  
 
 職員は男性として入省後、性同一性障害と診断されました。健康上の理由で性別適合手術を受けられず、戸籍上は男性のまま、女性として生活しています。2010年に上司らから女性として勤務することを了承され、翌年には戸籍の名前も女性名に変更しています。しかし、執務室から2階以上離れた女性トイレを使うよう求められ、トイレの使用制限などをなくすよう人事院に求めましたが、認められませんでした。経産省は、彼女が手術を受けず戸籍上の性別を変更していないことを理由に、硬直的な対応に終始。また、2011年には、性別適合手術を受けて戸籍上の性別を変更をしなければ異動できないと告げられました。人事院と協議すると、性別変更手続きをしないのであれば異動先で自身が戸籍上は男性であるとの説明会を開け、そうでない場合は女性用トイレの使用は認めないと言われました(カミングアウトを強制)。上司からは「もう男に戻ってはどうか」などと言われるSOGIハラの被害に遭い、精神的に追い詰められ、鬱を患って約1年半の病気休職を余儀なくされたそうです。2015年11月に「女性としての勤務実績を積み、同僚のクレームもない。トイレの使用制限は、女性として社会生活を送る利益を保障する人格権を侵害している」「他の女性と平等に扱われるべきだ」として処遇改善と損害賠償を求め、国を提訴しました。
 2019年12月に出された一審の東京地裁判決では、「個人の人格的な生存と密接かつ不可分のもの」であるとし、「個人が自認する性別に即した社会生活を送ることは、重要な法的利益であり、国家賠償法上も保護される」とし、トイレは日常的に必ず使用しなければいけない施設であり、経産省の原告女性への対応は「重要な法的利益を制約する」ものだと判断し、「他の女性職員とのトラブルを避けるため」とする国の主張を退け、「直ちにトイレの使用制限が許容されるものではなく、具体的な事情や社会的状況の変化を踏まえて判断すべきだ」として、使用制限は正当化できず、経産省の対応は違法であると判断、132万円の賠償を命じました。性的マイノリティの職場環境改善をめぐって下された初の司法判断であり、画期的な判決でした。(詳細はこちら
 一審判決後、双方が控訴しました。国側は対応に問題はなかったとして、原告側は、一審で一部しか認められなかった行政措置要求判定の全面取消と、また、一審で国が提出した証拠により、経産省が女子トイレ利用をめぐって意見聴取を行なった際、同僚2人に職員が性同一性障害者であることをアウティングしていたことが発覚したため、プライバシー侵害の慰謝料も追加請求していました。
 
 しかし、二審・東京高裁の北澤裁判長は、「自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは法律上、保護された利益である」と指摘した一方、経産省が行なった女性トイレの使用制限については「経産省としては、他の職員の性的羞恥心や性的不安などの性的利益を考慮し、原告を含む全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を負っている」「事業主の判断で先進的な取組みがしやすい民間企業とは事情が異なる経産省において、経産省が積極的に対応策を検討した結果、関係者の対話と調整を通じて決められたもので、原告も納得して受け入れていた」「裁量権の範囲を逸脱し、またはその乱用があったとはいえない」と述べました。原告の人事異動やトイレ使用制限撤廃の要求を認めなかった人事院の判定についても、戸籍上の性別変更手続をしていないトランスジェンダーのトイレ利用は「所属する団体や企業の裁量的判断に委ねられており、経産省の裁量を超えるものであったとはいえない」とし、一審の東京地裁判決を変更、上司の「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」という発言についてのみ違法であると認定し、11万円の賠償を命じました。国側のアウティングについては、「原告の要望事項に対応するために実施されたもの」とし、国家賠償法上の違法性を認めませんでした。
 
 判決言い渡し後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見した職員は、落胆と怒りをにじませながら「楽観的な見通しでいましたが、見事に覆されました。高裁判決は法律の素人の私が見ても、一審の緻密な判決と比べ、結論ありきの極めてずさんな判決だったという印象を受けました」「ちゃぶ台返しという言葉がありますけど、まさしくこのようなことを指すのかな」と語りました。「2002年の新聞報道で男性社員として入社した人が女性として勤務しはじめた事例が掲載されています。民間企業の中には2004年施行の性同一性障害者特例法の前に本人の性自認に基づいた対応をしているところもあります。それから20年近く経っているのに、なぜ本人の性自認に基づいた対応ができないのか」「民間企業でできてなぜ経産省でできないのかが触れられず、説得力がない」「20年も前から民間企業ではトランスジェンダーが性自認に沿って勤務し、何の問題も起きていない。最高裁ではこうした点も主張していく」と述べ、上告する意向を明らかにしました。
 弁護団の山下敏雅弁護士は、「裁判所の判断は極めて雑。何も検討しないまま『漫然としていたわけではないので適法』とし、国家賠償法での違法性のハードルを上げている。全く深みがなく、法律家の書く文書として極めて雑だ」と憤りました。
 また、アウティングについて立石結夏弁護士は、「本人のためであっても善意であっても、アウティングは重大なプライバシーの侵害。日本や世界で性的マイノリティの権利を保障するためにどうすればいいか議論が進んでいるなかで、裁判官がこんなに雑に判決を書いたことは強い憤りを感じている。最高裁で正しい判断を出してもらいたい」と語りました。

 SNS上では、(差別的なコメントも多くて胸が痛みますが)「女性として既に働いていて、ただトイレ使いたいだけなのに、周りが女性と認めないと自由に使えないのか。「抵抗感がある」というだけで制限は"不合理"じゃないのか…。」「女性職員として勤務することが認められ、女性用休憩室や更衣室の使用が認めれているならば、それはもう女性じゃないですか。更衣室は使えるのに女性トイレは使えないという方がよほど不自然。」「マイノリティに寄り添う気持ちはないのか。」「世間の無理解を後押ししてしまった裁判所。雑な判決だ。」「そもそも日本という国は、オリンピックという多様性を重んじる国際競技を行なってはいけない国なのだと思う。経済や倫理観や政治やジェンダー論、いろいろなものが貧しく、後進国となってしまっている。」「ぜひ第三小法廷で再逆転してほしいですね」といった声が上がっていました。
 
  
 なお、今回の控訴審で国側は、金沢大と民間企業が2019年5月に公表した共同研究を新たに証拠として提出し、トランスジェンダーの女性トイレ利用には周囲の抵抗があると主張しています。これに対して共同研究の座長を務めた岩本健良・金沢大准教授(ジェンダー学)は「研究を国に恣意的に利用された」と抗議しています。
 研究結果では、トランスジェンダーのトイレ利用に関し、シスジェンダー女性の約35%が女性トイレを使われることに「抵抗がある」と回答していますが、国は控訴理由を説明する文書でこの数字を強調して引用しました。ただし、研究では、性的マイノリティに関する研修の有無などで抵抗感が変化するかどうかを調査しており、LGBT研修などが未実施の職場の約38%が「抵抗がある」と答えたのに対し、LGBT研修などが実施された職場の人は約35%に改善しており、さらに、身近にトランスジェンダーがいる人は約21%に減ったということを示しています。国側が証拠として提出した文書にはこれらのデータの記載はありませんでした。
 岩本健良准教授は、職員側からの連絡で初めて研究が裁判に使われたことを知りました。岩本准教授は昨年、「職場での勉強会や研修などで抵抗感は軽減される。国はこのことに言及していない。非常に遺憾だ」との抗議の意見書を高裁に提出しました。国側は反論しないまま審理は結審しました。
 岩本准教授は毎日新聞の取材に対し、「性自認にかかわらず、快適にトイレを利用できるように実施した研究が曲解して使われたのは不本意。官公庁は職員誰もが希望するトイレを円滑に利用できるよう環境整備を目指すべきだ」と語りました。


【追記】
 29日、信濃毎日新聞が「トイレ訴訟判決 差別の容認につながる」という社説を掲載しました。「行政には民間に先駆け、性的少数者への差別解消に取り組む責務がある。高裁の指摘は的外れだ」と指摘し、「裁判所が現状を追認していれば差別はなくならない」と批判。力強く当事者を支援する素晴らしい社説です。

「一審の東京地裁は職員の状況を検証。「女性に性的危害を加える可能性は低い」とし制限を違法とした。これに対し、東京高裁は「他の職員が抱く性的羞恥心や性的不安への配慮」を重視した。
 問題は、そうした心理が起きる理由を見過ごしていることだ。
 カミングアウトしている性同一性障害の当事者は多くない。身体的な状況や心理が分かりにくいため、一般的に「自認が女性でも男性なのではないか」という漠然とした不安を抱きやすい。医学的見地と懸け離れた偏見も根強い。
 一、二審とも「性自認に基づく性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益」と認めている。経産省は当事者の状況や性同一性障害について他の職員に説明し、不安を取り除くよう努力する義務があったはずである。
 高裁判決は原告の現状や社会状況を考慮せず、経産省の注意義務違反も認めなかった。性的少数者の権利を保護する社会の方向性に逆行する。
 判決が「先進的な取り組みをしやすい民間企業とは事情が異なる」と指摘したことも問題だ。
 同性愛者への差別が問題となった「府中青年の家」裁判では、東京高裁が1997年の確定判決で「行政当局は、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されている」と認定している。
 行政には民間に先駆け、性的少数者への差別解消に取り組む責務がある。高裁の指摘は的外れだ。
 偏見が根強い現状を理解し、周囲と摩擦が起きないよう工夫せざるを得ない当事者は多い。差別されても諦める人もおり、それが新たな差別を生む土壌にもなる。
 裁判所が現状を追認していれば差別はなくならない」



参考記事:
性同一性障害職員トイレ制限“違法でない”(日テレ)
https://www.news24.jp/articles/2021/05/27/07879326.html
性同一性障害の経産省職員 トイレめぐり逆転敗訴(テレ朝)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000217461.html
性同一性障害の経産省職員が逆転敗訴、トイレ使用制限めぐり東京高裁判決(TBS)
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4278367.html
性同一性障害の職員が逆転敗訴 トイレ使用訴訟(FNN)
https://www.fnn.jp/articles/-/188525
職場のトイレ制限、二審は適法 性同一性障害の職員、逆転敗訴(共同通信)
https://this.kiji.is/770541306494189568?c=39546741839462401
女子トイレ使用制限認める 性同一性障害の職員逆転敗訴―国の賠償も減額・東京高裁(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021052700925
性同一性障害のトイレ使用制限、高裁「違法ではない」(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASP5W5228P5TUTIL04B.html
経産省トイレ訴訟 原告、逆転敗訴に落胆「今さらこんな判断が」(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20210527/k00/00m/040/289000c
経産省のトイレ制限訴訟、性同一性障害の職員が逆転敗訴 「結論ありきでずさん」上告方針(弁護士ドットコム)
https://www.bengo4.com/c_1017/n_13104/
性同一性障害職員のトイレ使用訴訟、二審で逆転敗訴 制限の違法性認めず(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_60ae1827e4b019ef10e17480
研究者「国が恣意的利用」 経産省トイレ制限訴訟 27日控訴審判決(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20210524/k00/00m/040/359000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20210525

〈社説〉トイレ訴訟判決 差別の容認につながる(信濃毎日新聞)
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021052900152?fbclid=IwAR06LtvPyOi5LXlFen8POrGYQ2j4qyAXke_RHJEowcjD8KWiI7WQtD9fCa8

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