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最高裁が性同一性障害特例法の「未成年の子なし」要件を合憲と判断するも、裁判官の1人は違憲だとして反対意見を述べました

 現行の性同一性障害特例法の「未成年の子どもがいないこと」との要件について11月30日、最高裁判所が「憲法に違反しない」との判断を示しました。一方、宇賀克也裁判官は「憲法違反だ」とする反対意見を述べました。代理人の弁護士は「決定自体は誤った判断だが、違憲とした意見は画期的。一筋の光が見えた」と評価しました。
 
 
 この裁判は、兵庫県在住で前の妻との間に現在10歳の子どもがいる54歳のトランス女性(仮にAさんとします)が、2019年に性別適合手術を受けた後、戸籍上の性別を男性から女性に変更しようとしましたが、性同一性障害特例法の「未成年の子どもがいないこと」という要件があるため、変更が認められず、「個人の判断の尊重などを定めた憲法に違反している」として審判を申し立てたものです。一審の神戸家裁尼崎支部と二審の大阪高裁は、「子の福祉に影響を及ぼしかねない」などとして訴えを認めず、Aさんは最高裁に特別抗告していました。
 最高裁判所第3小法廷の林道晴裁判長は、未成年の子どもに関する規定について「憲法に違反しない」とする初めての判断を示し、抗告を退ける決定をしました。2007年に当時の性同一性障害特例法の規定をめぐって最高裁が示した「家族の秩序を混乱させ、子どもの福祉の観点からも問題が生じるないよう配慮したもので合理性がある」との判断を踏襲した形です。

 一方、5人の裁判官のうち、宇賀克也裁判官は「規定は合理性を欠き、個人の権利を侵害していて憲法違反だ」と述べました。
 宇賀裁判官は反対意見の中で「未成年の子どもに心理的な混乱や不安などをもたらすと懸念されるのは、服装や言動なども含めた外見の変更の段階で、戸籍の性別変更は、外見上の性別と戸籍上の性別を合致させるだけだ。子どもの心理的な混乱や親子関係に影響を及ぼしかねないという説明は、漠然とした観念的な懸念にとどまるのではないか」と疑問を示しました。
 そのうえで「外見上の性別と戸籍上の性別の不一致で、親が就職できないなど、不安定な生活を強いられることがあり、その場合は、戸籍上の性別の変更を制限することが、かえって未成年の子の福祉を害するのではないか」と指摘しています。
 さらに「性同一性障害の人の戸籍上の性別変更を認めても、子どもの戸籍の父母欄に変更はなく、法律上の親子関係は変わらない。大多数の家族関係に影響を与えるものでもなく、家族の秩序に混乱を生じさせないという理由についても十分な説得力が感じられない」としています。
 そして、規定は合理性を欠き、幸福追求権を保障する憲法13条に違反しているとして、性別変更を認めるべきだと述べました。

 戸籍上の性別変更を認める性同一性障害特例法では、性別を変える要件として、
▽20歳以上であること
▽現在、結婚していないこと
▽未成年の子どもがいないこと(初めは「子どもがいないこと」でしたが、2008年の法改正で緩和されました)
▽生殖腺や生殖機能がないこと(性別適合手術を受けること)
などを規定していて、これまでにも最高裁判所の判断が示されています。
 これらの要件のうち、性別適合手術を受ける必要があるとする規定について最高裁は2019年1月、「現時点では合憲」とする判断を示しました。ただし、社会状況の変化に応じて判断は変わりうるとし、「不断の検討」を求めたほか、2人の裁判官は「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」という補足意見を述べました(詳細はこちら
 また、昨年3月には、未婚要件について「異性の間だけで結婚が認められている現在の婚姻秩序を混乱させないように配慮したもので、合理性に欠くとはいえない」として、憲法に違反しないと判断しました。

 判決後の記者会見でAさんは、「大変残念な結果。私の件に限らず、早く変えてほしい」と語りました。
 弁護団の一人は「今回の最高裁の判断は、実態を無視した判断だと考えている。これでは日本が人権後進国と言われても仕方がない」と述べました。
 同じく弁護団の仲岡しゅん弁護士は、「最高裁が誤った判断を下したことに強く抗議いたします。現在の実態に戸籍上の性別を合致させるのは、むしろ子や家庭に与える影響は薄い」と述べました。一方、宇賀裁判官の判断については「社会的少数者の置かれている現実に適した判断。一歩前に進んだと思う」と評価しました。「司法の中のトップにいる方が、たとえ1人でも憲法違反と表明したことは、今後の法律改正にもつながるのではないかと考えています」 

 司法統計によると、2004年に性同一性障害特例法が施行されてから昨年までの16年間に全国の家庭裁判所で性別変更が認められた方は1万301人に上ります。
 トランスジェンダーの方も参画しているLGBT法連合会は、要件の撤廃など法律の抜本的な見直しを早期に行なうよう求めています。
 また、日本学術会議は昨年、「性同一性障害特例法」の廃止と「性別記載変更法」の制定を提言しています。

 2018年の「WHOの「国際疾病分類」が改訂され、性同一性障害が「精神疾患」から外れることに」というニュースなどでお伝えしてきたように、国際的な医療診断基準であるWHOの国際疾病分類(ICD)が2022年に更新され、"性同一性障害"という言葉が削除され、「性の健康に関連する状態」という分類の中のGender Incongruence(日本語訳が定まっていないですが、厚労省は「性別不合」との仮訳を示しています)に置き換わります。トランスジェンダーの性別違和は”精神疾患”とか"障害"の類ではなくなるのです。トランスジェンダーの法的性別変更という権利保障に関し、国際社会はすでに「医学モデル」から「人権モデル」に移行しつつあります。国際人権基準に則した形での性別変更手続の簡素化が求められているのです。すでに海外では、性別適合手術を受けなくても、あるいは医師の診断書がなくても法的性別変更が認められるようになってきています(詳細はこちら
 しかし、日本では、この世界の動きに全く追いついていないどころか(今後、精神科で"性同一性障害"という診断を下すこととICDとの不整合をどうするのでしょうか…)、未だに世界に類を見ない「子なし要件」がまかり通ってしまうという現実……。
 一日も早く「子なし要件」が撤廃されることを願います。
 
 トランスジェンダーコミュニティは今回の判決を受け、最高裁前で抗議デモを行なったそうです。
 デモに参加したトランスジェンダーの一人は、Facebookで「トランスジェンダーには人権はないのでしょうか。一人でも多くの人がトランスジェンダーのおかれている状況に目を向けてほしいです。困っているトランスジェンダー当事者がいたら寄り添ってほしいです。どんな生き方を選んでもその生き方を他者が議論したり排除しようとしないでほしいです。声をあげて道を切り拓いているトランスジェンダーの人達に力をかしてほしいです。声をあげているトランスジェンダーも生身の人間、感情だってあります。誹謗中傷をするのをやめてほしいです。これ以上、トランス仲間が自殺未遂をするのも、自死するのも見たくないんです。多くの生きづらさを感じているトランスジェンダーが生きることを諦めないような社会になってほしいです」と訴えています。
 
 性社会・文化史研究者で自身もトランスジェンダーである三橋順子氏は、Twitterで「原告が負け続けているが、裁判は最後に勝てばいい。あきらめたら、そこで負け」「1980~90年代の戸籍の性別変更を求める裁判では、連戦連敗だった。それでも、最後に「立法の必要性」という言質を引き出し、それが「GID特例法」の成立につながった」と語っています。
 
 
参考記事:
未成年の子いたら性別変更認めない規定は合憲 最高裁が初判断(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211201/k10013370291000.html
性別変更要件“未成年の子なし”最高裁合憲(日テレ)
https://www.news24.jp/articles/2021/12/01/07984556.html
性別変更要件に「未成年の子がいない」は合憲 最高裁(TBS)
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4417630.html
最高裁が訴え退ける 戸籍上の「性別変更」求めた審判 裁判官の1人は「憲法違反がある」と反対意見も(関西テレビ)
https://www.fnn.jp/articles/comment/279504
性別変更に『未成年の子がいない』のは「合憲」最高裁 1裁判官は違憲指摘の反対意見(MBS)
https://www.mbs.jp/news/kansainews/20211202/GE00041346.shtml
性別変更要件は「合憲」、最高裁 未成年の子持つ親不可(共同通信)
https://nordot.app/838679786607771648?c=39546741839462401
「未成年の子なし」要件は合憲 戸籍の性別変更―最高裁(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021120100945
性別変更「未成年の子なし」要件は合憲 最高裁初判断(日経新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE30C8C0Q1A131C2000000/
未成年の子がいる人の性別変更認めぬ規定、「合憲」でも「一筋の光」(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20211202/k00/00m/040/267000c
未成年の子がいると性別変更できない? 最高裁判事1人が違憲判断(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASPD166NMPD1UTIL02N.html


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