REVIEW

今の若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描きながら、70年代に実際にあった悲劇的な事件の犠牲者を追悼するLGBTQミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』

今の若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描いたミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』。70年代のゲイクラブ放火事件(やオーランドの事件)への追悼の思いが込められた名作です。このようなLGBTQ作品が日本で上演されること、とても素晴らしいと感じます。

(撮影:森 好弘)

 1973年の米ニューオーリンズのゲイクラブ放火事件を題材に、気鋭の作家マックス・ヴァーノン(クィアなジェンダーアイデンティティを持つ方です)が手がけたミュージカル作品の日本版『The View Upstairs-君が見た、あの日-』が上演されています。『RENT』や『キンキーブーツ』に続くような海外の本格的なゲイ・ミュージカルが日本で上演されること、本当に素晴らしいと感じました。レビューをお届けします。(文:後藤純一)
 
<ストーリー>
インスタで10万人のフォロワーを誇る若きファッションデザイナーであるウェスは、ニューオーリンズのフレンチクォーターにある廃墟と化した建物を購入する。クスリでハイになったウェスが窓にかかるボロボロのカーテンを引き剥がすと、その瞬間、活気に満ちた1970年代のゲイバー「アップステアーズ・ラウンジ」にタイムスリップしてしまう。そこは、まだ警察によるゲイバーの摘発が日常であった厳しい時代に、強い絆で結ばれたクィアたちの唯一の拠り所であった。魅力的な青年・パトリックとの間に芽生えた恋。明るく見えても実は様々な事情を抱えていたりする彼らとふれあい、当時のシリアスな現実を体験するなかで、人と人との絆の意味を学んでいくウェス。しかし、「アップステアーズ・ラウンジ」が廃墟と化す理由となる「その時」が、近づいていた…。




 ウェスはイマドキの(たぶんZ世代の)ゲイで、ジェンダーレス(ノンバイナリー)な服のデザイナーとして成功しています。NYに暮らしていましたが、実家があるニューオーリンズで、自身のブランドのPRの拠点にするため、廃墟と化した安い物件を衝動買いしたのでした(ちなみにフレンチクォーターというのはニューオーリンズの歴史的中心地であり観光地であり随一の繁華街ですが、全米で最も古い歴史を誇るゲイコミュニティが発展してきたことでも知られています。1950年代、ゲイが殺された事件をきっかけに、地元のゲイたちが結束し、マルディグラのカーニバルのKrewe(連)=ソーシャルクラブを作り、「ストレートへの当てこすり」として伝統的・貴族的な様式をパロディにしたド派手な衣装を見せつけるかたちでお祭りに参加しはじめました。1962年には、ドラァグクイーンが次々に「生涯で最大の」コスチュームで登場し、観客はフォーマルなタキシードで鑑賞するという「ボール」が開催されるようになりました)
 「アップステアーズ・ラウンジ」はそんなフレンチクォーターの、その名の通り2階にあったお店で、ヘンリという(ダイクな感じの)レズビアンが経営していて、オーロラというドラァグクイーンのショーや、バディというゲイの音楽家のピアノが売りのお店で、昔ダンサーとして活躍したというオールド・クイーンのウィリーや、牧師のリチャードなど、いろんなタイプのゲイが集まっています。(ちょっと『コーラスライン』を思い出させるのですが)それぞれの抱える複雑な事情が少しずつ明らかになっていったりして、それは、ウェスと恋に落ちるイケメン・パトリックも例外ではなく…ウェスは、パトリックが何をやっているかを知って一度は突き放したりもします。
 面白いのは、同性婚をはじめとするLGBTQの諸権利が認められて当たり前な感覚で生きているイマドキの若者ウェスが、まるで「ストーンウォール・イン」のように警官がいやがらせを行ない、みんなが黙って従っているときに、何の躊躇もなく抗議を始め、暴力ではないやり方で警官を黙らせたシーンです。50年後の未来からタイムスリップしてきた闖入者であるウェスのおかげで、シリアスな状況に「昔はひどかったね…」と嘆いて終わるのではない、物語としての活気やスリリングさが生まれていました。別に活動家でもないウェスが、イマの感覚で当たり前にやることが、結果的にストーンウォール的なPRIDEを体現してしまうのです。
 ドラァグクイーンのオーロラが、当時、異性装が違法であったために、ドレスやウィッグを没収され、見かねたウェスが、ありあわせの材料でドレスを作り上げるシーンなども、本当に素敵です。
 そんな「アップステアーズ・ラウンジ」で、厳しさのなかでも仲間たちと支え合いながら前向きに生きるゲイたちふれあうなかで、ウェスは、コミュニティの大切さ、人と人との絆の大切さを学んでいきます。ウィリーが朗々と歌う「今日生きた思い出が私たちの切れない絆」という歌は、『RENT』の「NO DAY BUT TODAY」にも通じるような、心に残るフレーズでした。
 
 さて、冒頭の、ウェスが見た、廃墟と化したボロボロの建物が、なぜそのような姿になったのか?というのは、この『The View Upstairs-君と見た、あの日-』の公式サイトをはじめあらゆるところで書かれているように、1973年にニューオーリンズで実際に起こったアップステアーズ・ラウンジ放火事件が原因です。2016年のオーランドのゲイクラブ銃乱射事件が発生するまで、米国史上最大のゲイクラブ襲撃事件として知られていました(しかし、作者のマックス・ヴァーノンによると、今は本国でもほとんど知られていないそうです)
 この作品は、約50年前に起こった悲劇的な事件への追悼の気持ちを込めて、また、忘れられかけたこの事件を風化させないように、との思いで製作されたのです。
 放火によって悲劇的な結末が訪れることは初めから示されています。にもかかわらず、その描写は…お店で生き生きと、笑ったり、歌ったりしていた人たちの姿に愛情や共感を感じていたであろう観客にとって、本当につらく、切ないものでした。
 「誰がアップステアーズ・ラウンジに火を放ったのか」については、触れません。ただ、あのオーランドの悲劇の犯人が実は同性愛者だったと見られているのとちょうど同じような、世間のホモフォビアゆえに苦しみ、精神を病んでしまった人物が生んだ悲劇だったと言えるのでは…とだけ。
 ラストシーンはとても感動的でした。アメリカで今も起こっているトランス女性の殺害(昨年はまた史上最悪の記録を更新し、50名超が殺害されています)や、オーランドのゲイクラブで殺された人々にも言及する、たいへんパワフルなメッセージで、観客の心に訴えかけるものがありました。
(なお、この作品は、2016年、初演を迎える前に、オーランドのゲイクラブの犠牲者と生存者のためにチャリティ・コンサートというかたちで上演されています)
 
 ウェスとパトリックの恋を軸に、いろんなタイプのゲイ・レズビアンとのふれあいも描かれ、ドラァグクイーンの華やかなショーもあり、全面的にLGBTQテーマの、実によくできたPRIDEミュージカルでした。
 不朽の名作&人気作として何度も何度も上演されてきた『RENT』、そして三浦春馬さんも主演したことで知られる『キンキーブーツ』、華やかさとシリアスさを併せ持つドラァグクィーン・ミュージカル『プリシラ』など、これまでゲイ・ミュージカルの名作はいろいろありましたが、『The View Upstairs-君が見た、あの日-』はその系譜に連なるような作品だと思います。しかも、史実に基づき、ヘイトクライムの犠牲者への追悼として製作された、かなり本格的なLGBTQ作品です。
 このような作品が日本でメジャーなプロダクションで上演されること、本当に素晴らしいと感じました(非英語圏では日本が初だそう。スゴいですね)
 
 役者さんはみなさん実力派で、ちょっと独特で難しいコード進行の曲などもきちんと聴かせていて、作品のテーマがきちんと伝わるよう、LGBTQのことを理解したうえで誠実に舞台に臨んでいる様子が窺えました。男どうしでキスしたり、恋愛感情を表現したりというシーンも自然で、嫌悪感は感じられませんでした。そこはとてもよかったです(ただ、正直に言うと、一部、オネエのステレオタイプな表現があったり、当事者の多くが不快に感じるであろう差別的な言葉が使われていたりというところは気になりました…作品自体がとても素晴らしかっただけに…残念です)
 ともあれ、『The View Upstairs-君が見た、あの日-』は、セクシュアリティを問わず、ぜひ多くの方に観ていただきたい作品です。 
(ちなみに観客のほとんどは女性でした)
 東京公演は13日まで。今月末には大阪公演もあります。
 

ミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』
脚本・作詞・作曲:Max Vernon  
演出・翻訳・訳詞・振付:市川洋二郎
出演:平間壮一、小関裕太、畠中洋、JKim、阪本奨悟、関谷春子、大村俊介(SHUN)、大嶺巧、東山義久、岡幸二郎
企画・製作:アミューズ
【東京公演】
日程:2022年2月1日(火)~2月13日(日) 
会場:日本青年館ホール
【大阪公演】
日程:2022年2月24日(木)~2月27日(日) 
会場:森ノ宮ピロティホール


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