REVIEW
はるな愛が愛として生きられるようにしてくれた医師の真実が明かされる――関西らしい笑いあり涙ありの名作“アイドル”映画『This is I』
厳しい時代に生まれ、苦労しながら、自分らしい人生を貫き、いろんな人との出会いを通じて道を切り開き、タレントとして成功し、世界一のトランスウーマンの称号にも輝いたはるな愛さんと、そんな輝きのために尽力してくれた医師との交流の真実を笑いあり涙ありで描いた夢と希望のアイドル映画です
昨年10月、はるな愛さんが「本当の自分」のあり方を探し求め、その尊厳を掴みとるまでの勇気と再生、人生を変えた医師との出会いを実話を基に描いたNetflix映画『This is I』の製作が発表されました。「聖子ちゃんのようなアイドルになりたい」という夢を持った少年・大西賢示が「はるな愛」としてエアあややのモノマネで一世を風靡するまでに経験した苦悩と、その長い道のりに寄り添った医師・和田耕治との信頼と絆を映し出した作品。オーディションで主演(はるな愛さんを演じる役)に抜擢されたのは無名の新人・望月春希さん(18歳)、和田医師役を演じるのは斎藤工さん、企画は鈴木おさむさん、監督は『Winny』などで知られる松本優作さん、とのことでした。
そして、この2月にめでたくNetflixでの配信がスタートしました。すでにご覧になった方も多いこととは思いますが、遅ればせながらレビューをお届けします。
<あらすじ>
幼い頃からアイドルを夢見ていたケンジは、成長とともに“自分らしさ”と周囲の視線に悩むようになる。学校でいじめを受け、家族にも相談できずにいたケンジは、両親に内緒で働きはじめたショーパブで、華やかで個性的なメンバーたちと知り合い、「アイ」という名前でステージデビューを果たす。そしてアイは、貴公子のようなダンサー・タクヤと恋に落ちる。一方、過去に患者を救えなかった苦悩を抱える医師・和田は、アイの深い苦悩を知り、性別適合手術の世界に足を踏み入れることを決意する。







はるな愛さんという、一世を風靡し、国民的と言っていいほどの人気を博し、ミスインターナショナルクイーン優勝(世界一)という栄誉にもあずかった稀代のトランスウーマン・タレントの、キラキラした輝きや、成功に至るまでの波乱万丈の半生を、一緒に笑ったり泣いたりしながら追体験できる、しかも80年代〜90年代を彩るヒット曲がたくさん使われていてミュージカルシーンもあったりするようなエンタメ作品です。誰もが、あの愛ちゃんの笑顔の裏にこんな苦労があったのか…と思うことでしょう。テレビに出るようになって以降の成功が、ただ目立ちたい、売れたいということではない、涙なしには見られないようなドラマとして記憶を上書きすることになると思います。
でもしかし、この映画の本当の意義(真価)は、そのことだけにとどまりません。もう一人の主人公が、はるな愛さんを愛さんたらしめ、女性としての人生を可能にし、ある意味、命を救った和田先生というお医者様です。日本では1960年代のブルーボーイ事件の裁判以降、医師による性別適合手術の執刀は違法と見なされるようにされてしまったのですが、しかし、身体も自身の望む性別にしたいと願うトランスウーマンはたくさんいたわけで、和田医師は、そんな彼女たちのために安価で手術を引き受けはじめました。実は、そのきっかけとなったのがほかならぬはるな愛さんだったという、驚くべき真実が描かれ、なぜ和田医師は逮捕の危険を冒してまで手術を決意したのか、はるな愛さんとは和田先生にとってどんな存在だったのかというドラマがリアルに描かれいて、それこそが、この作品を非凡で普遍的なものにしています。『ブルーボーイ事件』のその後であり、双子のような作品と言えるかもしれません。
自分は女性なのに間違って男の体に生まれてきてしまったから、何とかこの邪魔なものを取りたい、体もちゃんと女になって男に愛されたい、という切実な願いは太古の昔から変わらずにあったわけですし、(和田先生がおっしゃっていたように)医療というものも国や法律ができるずっと前から存在していました。普遍的な人類の営みです。であれば、女性が女性として生きられるよう、切実な願いに寄り添い、医療行為を行うことに一体どんな不正義があるというのか?(国が規制することこそ問題だ)と、この作品は問いかけています。
誰もが観て理解できて楽しめるようなベタで庶民的な作品でありながら、トランス女性の実存に寄り添い、彼女たちの喜びや悲しみを生き生きと描き、そして、性別適合手術をめぐる日本社会の差別や体制の問題をもわかりやすく伝えています。スゴいことです。
そして、そんな厳しい時代に生まれ、自分は何者なのかと苦悩しながらも、自分らしさを貫き、たくさんの人たちとつながり、道を切り開き、タレントとして成功し、世界一のトランスウーマンの称号にも輝いた愛さんの実話は、一点の曇りもなく、本当の意味での「夢」と「希望」を与えてくれます。
この画期的な作品を映画として成功させているのが、オーディションで抜擢された無名の新人・望月春希さんであることは誰もが認めるところでしょう。アカデミー賞級の演技です。斎藤工さんももちろん、素晴らしいです。
脇を固める役者さんも、『ブルーボーイ事件』でも迫力ある演技を見せてくれて、今回も愛さんが自分らしい生き方を見つけるきっかけを作ってくれた役どころを演じた中村中さん、同僚の“ニューハーフ”役のみなさん(ゆしんさんや椎名理火さん)やエキストラで出演したドラァグクイーンやクィアのみなさん(ちゃんと当事者の方たちが出演しているところも素晴らしい)、お母さん役の木村多江さん(名優)、おばあちゃん役の末成由美さん(吉本新喜劇でお馴染み。死んでも笑わせてくれます)、病院で和田先生を献身的にサポートするナースの役を演じたMEGUMIさん、TVプロデューサー役の藤原紀香さんなどなど、揃いも揃って素晴らしい&豪華キャストです。
この作品の趣旨や、制作サイドの「思い」に共感し、みなさん喜んでこの作品に出演し、心からの演技を見せてくれている様子がうかがえます。
松田聖子さんの『夏の扉』『SWEET MEMORIES』、中森明菜さん『スローモーション』、杏里さん『オリビアを聴きながら』、渡辺美里さん『My Revolution』さん、そしてもちろん松浦亜弥さんの『Yeah! めっちゃホリディ』など、あの時代を代表するような名曲の数々が、このドラマの展開と相まって実に効果的に使われているのも魅力的です。
2時間10分があっという間です。ぜひ思いっきり笑って泣いて楽しんでください。
(文:後藤純一)
This is I
2026年/日本/130分/脚本:山浦雅大/監督:松本優作/出演:望月春希、斎藤工、木村多江、千原せいじ、中村中、吉村界人、MEGUMI、中村獅童ほか
Netflixで配信中
- INDEX
- はるな愛が愛として生きられるようにしてくれた医師の真実が明かされる――関西らしい笑いあり涙ありの名作“アイドル”映画『This is I』
- 職場でカミングアウトできない女性社員の思いを丁寧に掬い取った短編映画『日々、日和』
- 遺された同性パートナーが見舞われた悲劇を描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 映画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 米国の保守的な州で闘い、コミュニティから愛されるトランス女性議員を追った短編ドキュメンタリー『議席番号31』
- カミングアウトのリアルを印象深く描いた名作短編映画『誰も悪くないのにね』
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』



