REVIEW
遺された同性パートナーが見舞われた悲劇を描いた映画『これからの私たち - All Shall Be Well』
長年共に暮らし、周囲にも受け容れられてきた女性カップルの片方が亡くなったとき、遺されたパートナーはどうなるのかということを、とても丁寧に、リアルに描ききった名作です。ベルリン国際映画祭のテディ賞を受賞した作品です
もしかしたらレインボー・リール東京2021などで『叔・叔(スク・スク)』という映画をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。子や孫に囲まれ、家族を大切にしながら暮らしてきた二人の「叔父さん」が出会い、恋に落ちてしまうが、果たして二人が共に幸せに暮らせる未来は訪れるのか…という、涙なしには観られない作品でした。子育ても終わり、リタイヤし、ようやく本当の自分を生きようとする高齢の「叔父さん」を温かく見守り、応援しようとする姿勢に胸が打たれるとともに、香港のLGBTQコミュニティの様子(センターがあって、高齢の当事者のためのミーティングが開かれたり、公的な資金で老人ホームが建設される話も持ち上がったり)が描かれていたのも印象的でした。
その名作『叔・叔(スク・スク)』を手掛けたレイ・ヨン監督が、続編のような意味合いも持つ作品『これからの私たち - All Shall Be Well』を撮りあげました。街中でも腕を組んだり、親族みんなにもオープンにして祝福され、家族として長年共に暮らしてきた女性カップルの幸せそうな姿が描かれた後、突然の死別が訪れ、遺されたパートナーは、法制度に守られないがゆえに、さまざまな差別や困難に直面…という悲しい現実が描かれます。『叔・叔(スク・スク)』もベルリン国際映画祭で上映されていますが、今作は同映画祭のテディ賞(最優秀LGBTQ映画賞)を受賞しています。ほかにもサンフランシスコ国際LGBTQ+映画祭の観客賞(劇映画部門)などにも輝いています。
アンジーを演じるのは『叔・叔(スク・スク)』で香港金像奨助演女優賞に輝いたパトラ・アウ(區嘉雯)。パット役には30年以上も銀幕から遠ざかっていたマギー・リー(李琳琳)が起用されました。パットの兄の役を『叔・叔(スク・スク)』に主演したタイ・ボー(太保)が務めています。香港映画界注目の女優、フィッシュ・リウも出演しています。
<あらすじ>
60代のレズビアンカップルのアンジーとパットは、長年支え合って生きてきた。しかしパットが急死したことで、葬儀や遺産を巡って、それまで良好な関係だったパットの親族とアンジーの間に溝が生まれてしまい…





かつて日本で「うさぎ小屋」と呼ばれたような感じの、巨大な団地の狭い住宅に暮らす人々も多い香港で、広々とした素敵なお家を構え、豊かな暮らしをしているアンジーとパット。かつてアパレルで成功し、パットはシニア向けのオンライン・ブティックを設立すべく、60歳を過ぎた今も勉強しています。二人は並んで鏡台に座ってメイクをし(とても新鮮な光景でした)、腕を組んで市場に出かけたり、友達の女性カップルが営んでいる花屋に立ち寄ったり。その日、親族たちが中秋節のお祝いで二人の部屋に集まり、食卓を囲み、クリスマスかお正月かといった趣のホームパーティが開かれました。パットの兄のセンさんと妻のメイ、二人の息子のビクターと妻のキティ、サムとファニーと子どもたち…とても賑やかな親族たちは皆、アンジーとパットのことを家族とみなし、共に幸せな時間を過ごしていました。パットは事業で成功し、リッチだったので、そういう親族たちの面倒も見てきました(ファニーは中学時代、家に住まわせてもらっていたし、ビクターも金銭的な援助を受けていました)
しかし、突然パットが亡くなると、アンジーは、ただでさえつらくてしんどい思いをしているのに、親族たちは、パットが望んだ方法ではない葬儀の仕方を強引に進め、そして、正式な遺書も残っていなかったがゆえに、二人が長年暮らした家を親族が相続し、アンジーが追い出されるという残酷な仕打ちが待っていたのです…。
(今作では描かれていませんが、同性カップルで子育てをしていた場合、親権が認められないことによる悲劇も起こり得ます)
みんないい人なんです。親族たちも、街の人たちも、二人の関係を認め、受け容れています。同性愛に対する「理解」が進んでいる様子が窺えます。でも、法律が守ってくれなければ、さまざまな権利は親族に与えられ、遺された同性パートナーはなすすべもなく財産を奪われてしまいます。最愛の伴侶を喪ったうえに、味方だと思っていた親族に裏切られるという悲劇に見舞われるアンジーの胸の内が、その憔悴しきった姿を通じて、リアルに、ありありと描かれ、怒りや、悲しみや、やりきれない思いを抱かせます。
パットが亡くなって、葬儀はどうするとか、家はどうするとかいう話になったとき、端々に家父長制や異性愛規範が顔を出します。パットとアンジーは「ふうふ」であり、異性婚夫婦と何も変わらないようなパートナーシップを築いてきたにもかかわらず、世間はパットの生涯の伴侶であるアンジーを家族ではなく“親友”に格下げし、急に(うだつのあがらない)パットの兄を家長兼相続人として持ち上げます…これ以上は詳しく書きませんが、そうして親族たちは、さもしい顔して奪っていくのです。
これは、「家族」とは何か?を問う映画でもあります。もしかしたらこの映画を観て「親戚」とか「子ども」を憎く感じてしまう人もいることでしょう。いろんな見方、いろんな感想があり得ると思います。
劇中にも描かれていましたが、ずっと昔から、長い間、同性を伴侶として生きようと思う人たちにとって、異性愛規範が押しつける「家族」とは、抑圧的で、嫌な感情を抱かせるものでした(パパがいてママがいて子どもたちがいる家庭こそが幸せだと考える異性愛者の方には想像もつかないことでしょう)。結婚して子どもを持つことこそが人の幸せであり結婚していないお前はハンパものでダメなやつだから早く結婚しろという規範の押し付けや結婚圧力がどれほどレズビアンやゲイを苦しめてきたことか…(美輪様も語っているように、心中したり、自殺する人もたくさんいました)
家族の“絆”が強く、親族で集まったりすることが多い香港(香港に限らず、中華圏は全般的にそうだと思いますが)においては、なおさら、親族に受け容れられるかどうかが重大な問題でした(日本でも、両親にはカムアウトできても親戚には言いづらいと感じる当事者も多いです)
社会が次第に変わってきて、レズビアンやゲイも同性パートナーと共に暮らし、添い遂げられるようになり、社会も愛するパートナーとの関係を「家族」だと認め、受け容れるようになって初めて、私たちにとっての「結婚」や「家族」の意味が変わってきました。いまでは子どもを育てている同性カップルも少なくありません。
しかし、同性パートナーと一緒に暮らしていけるようになり、両親や同僚や街の人たちなどもそれを受け容れたり、自治体が証明書を発行してくれるようなっても、(つい最近、パートナーが亡くなって、でも(相手が親族にその方のことを言っていなかったので)お葬式にも出れなかったと嘆いていたゲイの方がいらっしゃいましたが)この映画のようなことは、婚姻平等が認められない限り、同性パートナーを持つ誰の身にも起こる話です。今はあまり老後のことは意識していない方たちも、若い方たちなども、すごくシビアに、意識させられると思います。結婚できないだけでなく、最愛のパートナーを亡くしたときにこんな悲劇に見舞われ、こんな不条理な思いをしなければいけないのだとしたら、幸せな未来を思い描くことなんてできないじゃないかと思い、世をはかなみ、自暴自棄になってしまう方もいらっしゃるかもしれません。
一体、いつまでこんな悲劇が繰り返されなければならないのでしょう。(香港では9月に、同性パートナー法を認めよと最高裁が判決を出したにもかかわらず議会が法案を否決するという残念な出来事もありましたが)誰が、何のために、私たちから当たり前に生きる権利を、幸せを奪っているのでしょう。
そういうことを考えさせられつつ、しかし、パットとアンジーのレズビアンの友人たち(コミュニティ)がとても素敵に描かれていたり、アンジーが、直面した困難や不条理にただ絶望したり、怒り狂って親族と争ったりするのではなく、パットだったらどうしただろう、何を望んだだろう、と考えたり、仲間たちに相談したり、自分の気持ちと向き合ったりしながら、少しずつ現実と折り合いをつけようとしていく様が丁寧に描かれていたところもよかったです。
ぜひご覧ください。
これからの私たち - All Shall Be Well
原題:從今以後/英題:All Shall Be Well
2024年/香港/93分/監督:レイ・ヨン(楊曜愷)/出演:パトラ・アウ(區嘉雯)、マギー・リー(李琳琳)ほか
◎渋谷ジェンダー映画祭で特別上映
『これからの私たち - All Shall Be Well』が、今冬の一般公開を前に11月16日(日)、渋谷ジェンダー映画祭されることになりました。しかも、トークセッションにレイ・ヨン監督が登壇します。伝説の府中青年の家裁判をはじめ数々のLGBTQ関連の裁判で支援してくださっている中川弁護士、niji-depot共同代表でプライドハウス東京レガシー運営スタッフでもあるおおともかぐみこさんも登壇します。ぜひこの機会にご覧ください。(なお、今年の渋谷ジェンダー映画祭は、日本で初めて同性パートナーシップ証明制度を発表した渋谷区が制度10周年を祝し、「SHIBUYA PRIDE」をテーマに掲げて開催するもので、いずれ劣らぬ名作である全5作品が上映されます)
渋谷ジェンダー映画祭『これからの私たち - All Shall Be Well』上映&トークセッション
日時:11月16日(日)
13:40 開場
14:10~15:45 映画上映
15:45~15:55 休憩
15:55~17:10 トークセッション
会場:渋谷インクルーシブシティセンター<アイリス>(東京都渋谷区桜丘町23-21 渋谷区文化総合センター大和田8F)
無料
お申込みはこちら(※すでに完売になっていました。すみません…)
◎劇場公開情報と、全国公開に向けた支援のお願い
『これからの私たち - All Shall Be Well』は12月13日より渋谷のシアター・イメージフォーラムにて劇場公開されることが決定しています。しかし、それ以外の映画館での上映はまだ未定です。そのため、もっとたくさんの地域での上映を実現させるべく、クラウドファンディングが立ち上げられています。
「この素晴らしい作品を無事に日本の皆様へとお届けするには、配給宣伝費用など、多くの課題があります。そこで今回、この映画の価値を信じてくださる皆様と共に公開を実現するため、クラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げました。
インディペンデント映画の配給では、限られた予算の中で宣伝戦略を組み立てる必要があり、どれだけ作品が素晴らしくとも、その情報が届かなければ、映画館での上映回数が限られ、短期間で上映が終了してしまうことも少なくありません。今回のクラウドファンディングは、単に映画を公開するための資金を集めるものではなく、この作品にふさわしい規模の宣伝展開を行ない、トークイベントなどを通じて作品について深く語り合える場を設け、できるだけ多くの地域の劇場にこの映画を届けるための「力」となります」
ぜひご支援のほど、よろしくお願いいたします。
- INDEX
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、同性婚をめぐる差別発言という社会問題にも一石を投じてきた映画『エゴイスト』
- 映画『世界は僕らに気づかない』
- 映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- 過去に引き裂かれた二人の女性が、家族のあたたかのおかげで、国境を越えて再会し、再生していく様を描いた映画『ユンヒへ』
- 映画『愛で家族に〜同性婚への道のり』
- 映画『リトルガール』
- 幾多の困難を乗り越えてドラァグクイーンを目指すゲイの男の子の実話に基づいた感動のミュージカル映画『Everybody’s Talking About Jamie ~ジェイミー~』
- "LGBT"以前の時代に愛し合い、生き延びてきた女性たち――映画『日常対話』
- 日本で初めて、公募で選ばれたトランス女性がトランス女性の役を演じた記念碑的な映画『片袖の魚』
- I Am Here ー私たちはともに生きているー



