REVIEW

ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、同性婚をめぐる差別発言という社会問題にも一石を投じてきた映画『エゴイスト』

徹頭徹尾、ゲイのリアルを追求した鈴木亮平さんの驚異的な演技力に感嘆させられ、そして、予想を遥かに超える、心洗われる、涙なしには観られない名作でした。製作サイドの真摯な姿勢や、鈴木亮平さんが同性婚法制化を求め、「社会を変えてみる勇気が求められている」と語っていることも報じられ、映画としての枠を超えて、今この時代へのアクチュアリティをも持った稀有な作品になっています。

自分のことを「おかま」と罵り、いじめていた田舎の同級生たちを見返すために勉強に集中し、東京の大学に進み、編集者となり、帰省するときはブランド物の服を鎧のように身に着ける――そんなエピソードを自分そっくりだと感じるゲイの方は多いはず。『エゴイスト』は2020年に亡くなったゲイの編集者・エッセイスト、高山真さんの自伝的小説です(こちらで試し読みができます)
昨年のレインボー・リール東京に行かれた方は予告編をご覧になったかと思いますが、この高山真さんの小説『エゴイスト』が、松永大司さん(『ピュ〜ぴる』『トイレのピエタ』『ハナレイ・ベイ』)が監督をつとめ、鈴木亮平さんと宮沢氷魚さんがゲイカップルを演じるかたちで映画化されました。レビューをお届けします。
(文:後藤純一)
 
<あらすじ>
東京の出版社でファッション誌の編集者として働く浩輔。週末は気のおけないゲイの友人たちと飲み歩いたり、自由気ままな日々を送っているが、14歳のときに亡くなった母親の命日には必ず田舎町に帰省することにしていた。浩輔は自分磨きのためにパーソナルトレーナーをつけてワークアウトを始めるが、爽やかなイケメンのトレーナー・龍太が、シングルマザーである母親を支えながら働いていることを知り、龍太も浩輔に好意を持っていることを屈託なく表現し、二人はにわかに惹かれ合っていく。亡き母への思いを抱える浩輔は、母親のために頑張る龍太に手を差し伸べ、彼を愛する日々に大きな幸せを感じる。しかし、龍太はある日、突然「もう会えない」と告げる…。








 正直、後半の1時間は、ほぼ泣きっぱなしでした。号泣…というのではなく、静かに、ハラハラと。龍太のお母さんの姿がどうしても自分の母親の姿と重なってしまい、浩輔とのやりとりも本当に「わかる。僕もきっとそう言う」というようなリアルさで、感情移入しまくりだったのです(阿川佐和子さんが本当にいい味を出していました。よかったです)
 実は10月に試写のご案内をいただいていたのですが、母を亡くした直後で、「冷静に観れる自信がないです、ごめんなさい」と断っていました。それは正解だったと思います。パニック状態になって救急車のお世話になっていたかもしれません。
 それくらい、強い感情を喚び起こす作品でした。
  
 その感動の前提に、浩輔のゲイとしてのリアリティがあります。ファッション誌の編集者という華やかな仕事で、職場でもゲイであることを隠してなくて、というところや、週末、気のおけないゲイ友たちと新宿3丁目の居酒屋からの二丁目というお決まりコースを遊び歩くシーン(居酒屋で『Wの悲劇』が話題に上るあたりの素晴らしくゲイテイストな会話)、帰省したときの父親とのそっけない(ストレートを装う)会話、爽やかなイケメン・龍太との出会いからセックス、恋へと至る喜びの表現(音楽の使い方が見事でした※)、龍太がゲイ風俗で働いていると知ったとき…その一つひとつ、すべてにおいて、ゲイのリアルが通底していることに感服しました。浩輔なら職場ではこうだろうし、二丁目ではこう、お父さんと会うときはこう、という振る舞いの微妙な差異が見事に演じ分けられていましたし、すべての場面に説得力がありました。もしちょっとでも「ゲイはこんなしゃべり方しない」とかツッコミが入るような「破綻」があると、映画が台無しになってしまうと思うのですが、鈴木亮平さんは見事に浩輔になりきっていました(こうした鈴木亮平さんのリアルな演技は、ミヤタ廉さんというLGBTQ+インクルーシブディレクターの方のきめ細かなアドバイスのおかげで実現しています)
 また、宮沢氷魚さんも『his』のときとは全く違う「魔性のイケメン」的な魅力を発揮しまくっていて、ビックリし、感嘆させられました。
 そして、ドリアン・ロロブリジーダさん(スッピン)をはじめとする浩輔の友人たちのリアルさときたら…(みなさん、本当にゲイの方なんだそうです)
 
 「愛が何なのかよくわからない」と浩輔は言います。セックスは簡単に手に入るし、仕事で頑張って稼いでいれば、好みの男とのセックスを買うことだってできる、無理して自分をよく見せて彼氏ができたとしても、長続きせず、数ヶ月で恋が終わり…ということの繰り返し、だったら最初から彼氏なんて作らず、週末は友達と楽しく遊んで、自由気ままな独身貴族生活に徹したっていいよね、本当に誰かを心から愛し、愛されたことが実はなかったりする、心のどこかに満たされない、寂しさのようなものを抱えながら、今日も二丁目に繰り出す…みたいな意味なのか、それとも、14歳のときにお母さんを亡くしたことで、家族の愛を知らずに大人になってしまった、という意味なのかどうか、本当のところはわかりません。この映画の中で最も解釈が分かれるであろうセリフです。
 しかし、そう言いながら浩輔は、龍太という運命の恋人に出会ったおかげで、そうせずにはいられない、いてもたってもいられない気持ちで、愛を実践するのです。そこに尊さがあり、人間らしさがあります。決して「わがまま」なんかじゃないです。『エゴイスト』とは完全なる反語表現であり、高山さんの日本人らしい「謙虚さ」から出てきたタイトルだったのではないかと思います。

※ウートピ「iPhoneから流れるチャイコフスキー「悲愴」が意味するものとは? 鈴木亮平主演「エゴイスト」」でも詳しく解説されていたので書いてしまいますが、龍太が浩輔の部屋に来て、二人が初めて結ばれたシーンで流れていたのがチャイコスフキーの『悲愴』でした。言うまでもなくチャイコフスキーはゲイで、しかし19世紀の帝政ロシアでゲイであることを公にして生きることもできず、苦悩の人生を送ったことが知られています。龍太が帰るのを見送ったあと、浩輔はiPhoneのプレイリストの音楽を変え、ちあきなおみさんの『夜へ急ぐ人』をかけます。これは昭和のゲイピープルの間で伝説として讃えられているアンセムで、90年代に肉乃小路ニクヨさんがショーをやったことでさらに有名になり、「二丁目の一般教養」化している曲なのです。このシーンでの音楽の使われ方には、チャイコフスキーのセクシュアリティゆえの苦悩への共感と、二丁目ゲイテイストのリアルが反映されています。
 
 こんなところじゃ生きていけないと思って田舎を出て都会の大学に進学し、就職し、ゲイライフを謳歌し…というのも典型的なゲイのリアルですが、一方で、複雑な家庭であったり、何らかの事情で実家を出ることができず、仕事にも恵まれず、苦労している方もいて、それもまたリアルです。そんな厳しい現実から救ってくれる、手を差し伸べてくれる人が現れるという物語には本当に弱くて、琴線に触れまくりです(私もそんなふうに助けられて生きてきたので)
 結婚って、相手の生活の面倒を見たり、その相手の親の面倒も見たりということも往々にしてあるわけですが、それは男女に限ったことじゃなくて、同性カップルだって同じじゃないかということを(そのように声高に主張しているわけではありませんが)、この映画は、さりげなく、雄弁に物語っていたのではないか、とも感じました。

 鈴木亮平さんは『GQ』のインタビュー記事でこう語っています。「いま変えられることとしては、同性婚に関して法制化するべきだと考えています。賛成意見も反対意見も注意深く読ませていただいた上で、自分の意見が固まりました。さまざまな角度からの意見がありますが、これは何にも優先して個人の尊厳や人権の話なんだと。 “国”が結婚という形を認めることは、『当たり前の存在ですよ』と法的に明言すること。それによって僕たち社会の意識は確実に変わるし、思い悩む思春期の子どもたちの心もかなり軽くなるんじゃないか。今回あらためて勉強して、そういう思いは非常に強くなりました」
 居酒屋でのゲイたちの会話のなかに(実体験だそうですが)彼氏と婚姻届を書いて、出さないけど部屋に貼って、という話がありました。居酒屋のシーンは何時間にも及ぶリアルなフリートークを編集したんだそうですが、その婚姻届のエピソードを監督さんが採用し、映画に盛り込んでくれたということにも、胸が熱くなりました。
 
 ドリアンさんも語っていましたが、これまでゲイやトランスジェンダーを描いた日本の商業映画のなかには、ゲイコミュニティへの敬意というものが感じられない作品が多々ありました。どの作品とは言いませんが、ゲイのための映画ですっていう顔をしていながら、フタを開けてみれば全然ゲイのリアルが感じられなかったり(ストーリー上全く必要のない男女のセックスのシーンが挿入されたり、ノーメイクでかつらもつけていない女物の服を着た方が外を歩くシーンがあったり)、ゲイのエキストラの方への扱いがひどかったり…。『エゴイスト』はそうではなく、本当に丁寧に、敬意を持って作られた作品だと、みなさん太鼓判を押していらっしゃいます。その点も非常に重要です。
 
 原作の高山さんも(私は90年代から二丁目でお会いしていてご本人を存じ上げているのですが)、「まさかこんな素晴らしい映画にしていただけるなんて。わたくし光栄至極に存じますわ。いたみいります」と天国で微笑んでいる姿が思い浮かびます。

 この映画は、それ自体も素晴らしいですが、松永監督や出演した鈴木亮平さんや宮沢氷魚さんが、同性婚をめぐる荒井首相秘書官による差別発言が社会問題になっている今の状況に対し、素晴らしいコメントを発してくださっていることも素晴らしいです。特に鈴木亮平さんは連日のようにたくさんのメディアに出て、語ってくださっています。映画がただのエンタメではなく、LGBTQ差別という社会状況に対してメッセージを送る媒体となり、今この時代へのアクチュアリティを持ち、社会に影響を与える「動力」ともなっているというのは本当に稀有なことです。公開初週、動員ランキング10位に入ったのはそうしたことも良い方向に作用したからだと思います。 
<ご参考>
鈴木亮平さん「同性婚の法制化を急ぐべき」
https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2023/02/19.html
映画『エゴイスト』の松永監督と宮沢氷魚さんが差別発言に対してコメントしました
https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2023/02/10.html
NEWS ZEROで鈴木亮平さんが「社会を変えてみる勇気が求められている」と語ったインタビューが素晴らしかったです
https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2023/02/26.html

 まだご覧になっていない方はぜひ、映画館に足を運んでみてください。

【追記】
・『エゴイスト』英語字幕付き上映のおしらせ
テアトル新宿にて2/25(土)20:10、2/26(日)12:40の2回、『エゴイスト』が英語字幕付きで上映されます。もし外国人のお知り合いの方がいらしたら、教えてあげてください。
 


エゴイスト
2023年/日本/120分/R15+/原作:高山真/脚本・監督:松永大司/出演:鈴木亮平、宮沢氷魚、中村優子、和田庵、ドリアン・ロロブリジーダ、柄本明、阿川佐和子ほか/配給:東京テアトル
2月10日(金)全国公開

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