REVIEW

安易な「わかりやすさ」や「共感」を目指さない新世代のトランス・コミック『となりのとらんす少女ちゃん』

感動ポルノに走らず、世間に媚びてもいない、新世代のトランスジェンダー漫画『となりのとらんす少女ちゃん』が発売されました。本当にリアルで、面白く、目からウロコだったりもして、実によいです

 作者のとら少さんはSNSpixivでトランスジェンダーが登場する作品をたくさん発表してきました。当事者だからこそ描けるリアリティと、人間の深部に肉薄する力強い筆致を特徴とし、LGBTQ(性的マイノリティ、クィア)を中心に共感の輪を広げてきました。一時は漫画制作を断念しようとしていたものの、単行本化を熱望する声に応え、活動を再開し、出版に向けて実施されたクラウドファンディングでは開始初日に目標額を達成(スゴい)、いま注目を集める漫画家の一人です。その単行本『となりのとらんす少女ちゃん』が5月14日から書店に並び、満を持して商業デビューを果たしました。
 そんな単行本『となりのとらんす少女ちゃん』は、大きな反響を呼んだ3篇「退廃的なとらんすちゃん」「弟はとらんすちゃん」「未来から来たとらんすちゃん」のリメイクに、描き下ろし作品「似つかわしいとらんすちゃん」を加えた内容となっています。ここでは3篇のレビューをお届けします(「似つかわしいとらんすちゃん」はぜひ単行本でお読みください)
 
「退廃的なとらんすちゃん」
<あらすじ>
相川と園木は大学の同級生。園木は相川に好意をもち、相川もそれに気づいているが、のらりくらりとかわしている。相川は周囲には言えない秘密を抱え、園木の好意に応えることをためらっているのだ。ある夜、相川は園木から飲み会に呼び出されるが―― 

 もし、主人公の相川がシスジェンダー女子だったら何の問題もなく園木とつきあってハッピーになれたはずなのに、相川はどうしても恋に踏み出すことができず、憂鬱な日々を送ります。世間のトランスジェンダーへの偏見・差別が依然として苛烈ななか、カミングアウトは考えられなかったのです。僕らが好きになったクラスメートやバイト仲間に告白できず悩んだのと似ている部分もあって共感しやすいと思うのですが、向こうから好意を示され、自分も本当は両思いになれたらいいなと思いながら、それに応えるのをためらってしまうというのは新鮮に感じられるのではないでしょうか。なお、タイトルに“退廃的”とありますが、クスリをやったり自暴自棄な行為に走ったりはしません。「アンニュイ」とか「後ろ向き」くらいの意味です。


「弟はとらんすちゃん」
<あらすじ>
中学生のりょうとは、友人を家に呼びたがらない。きょうだいのあゆむがトランス女子だからだ。しかしある日、りょうとは発表課題を仕上げるために片思いしている美羽を家に招くことになり――  

 自分自身ではなく、家で一緒に暮らしているきょうだいがトランス女子である兄・りょうとを主人公としているところが新しいです。りょうとにとってみれば家にそんなきょうだいがいることはクラスメートに知られたくない(いわば“恥ずかしい”)ことなのですが、お母さんは全面的にあゆむの味方だし(そこがポイントですね。強力な味方すぎるところが面白いです)、むげにもできず、というところで、モヤモヤ、イライラする日々なのです。そんなりょうとの態度の変化だけでなく、一見明るく見えるあゆむの心の奥底での苦悩や、頑張って支えてきたお母さんの本音や、いろんなリアルを描きながら、感動の展開へと向かっていきます。


「未来から来たとらんすちゃん」
<あらすじ>
13歳のサッカー少年・ユウタの家にユウカと名乗る女性がやってきた。彼女は10年後の未来のユウタ自身だといい、男性として成長する前に早く性別移行を始めろと迫る。しかしユウタは「オレは女になんかならない」と譲らず、ユウカとの攻防を繰り広げる――

 これは本当に面白い、漫画としてよくできた作品です。タイムマシンで過去に遡って昔の自分にあれやこれやをしてやりたいと思うことは誰しもあると思いますが、すっかり体が大人になってしまったトランスジェンダーの方たちは本当に切実にそう願ったりするんでしょうね…。でも、本当は性別違和を覚えていたはずの過去の自分が簡単に説得されず、抵抗する、という展開が面白いです。ラストも意外性があって印象深く、既存のトランスの物語に収まらない、真に自由な作品だと感じました。
 
 
 漫画に限らずですが、これまでトランスジェンダーを描いた作品は、教育的・啓発的な趣旨だったり、当事者じゃない人が過度に美化したり、“かわいそう”な人として描いたりということが多く、当事者が自身の経験を踏まえながら物語を創造した作品というのは本当に貴重だと思いますし、ちゃんと漫画として面白く読めるところが素晴らしいです。私はこういう漫画を読みたかったんだ!と思う方、きっと多いはず。
 
 版元の方は、「それまでのトランスジェンダーを扱う作品群とは一線を画すリアルな視点が清新な感覚をもって受け入れられ、着実にファンを増やしています」「本書の登場が、日本の漫画シーンにあたらしい風を吹き込むことを確信しています」と綴っています。
 『トランスジェンダー入門』の共著者である周司あきらさんは、応援コメントの冒頭で「ようやく本になると知った日は、興奮して眠れませんでした。SNSがトランスヘイトに溢れてからも、漫画が更新されるのは一縷の望みだったのです」と書いていたそうです。「『作品を生むことが、希望』。誰かにそうまで言わしめる表現者は、それだけで稀有なものです」
 
 

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