GLOSSARY

LGBTQ用語解説

クィアベイティング

 クィアベイティング(Queer‐baiting)とは、性的マイノリティの総称であるクィア(Queer)と釣りなどに使うエサを意味するベイト(bait)を組み合わせた言葉で、当事者ではないのにレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルなどの表現を商業的に利用し、性的指向の曖昧さをほのめかして世間の注目を集めたりお金儲けに結びつける手法のことを言います。
 クィアベイティングはテレビ番組、映画、音楽、演劇、本、広告、ファッションなどの分野で見られることが多く、作品の登場人物がクィアである可能性を繰り返しほのめかしているにもかかわらず、セクシュアリティの明示を避けている場合などにクィアベイティングが指摘されます。
 クィアベイティングが批判される理由は、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルなど性的マイノリティのアイデンティティを商品化し(食い物にし)、注目を集めたり儲けたりするための「エサ」にしている点にあります。
 
 クィアベイティングという言葉が生まれたのは2010年代初頭です。当時、大ブレイクしていたドラマ『スーパーナチュラル』や『シャーロック』の中で、登場人物たちが同性どうしで友情以上の関係になっているかのようにほのめかす描写があり、しかし、最後まで観るとクィア(性的マイノリティ)ではなくストレートだったという結末になっていたことから、「視聴者を誤解させる」という批判が殺到したことが、クィアベイティングという言葉が生まれるきっかけとなったと、アリゾナ州立大学のジュリア・ヒンバーグ教授は述べています。「クィアベイティングはさまざまな視聴者をターゲットにするため、保守的な人々を攻撃しない。その一方で、LGBTQ+のマーケットもターゲットにしたいために、彼らにも伝わる方法を使用した」と、これが計算尽くの戦略だとされ、クィアベイティング批判が高まるきっかけとなりました。ドラマやCMなどの製作者が、保守的な視聴者や顧客を刺激せず、かつ、LGBTQを含む幅広い層にアピールできる便利な戦略としてこうした手法を利用してきたことが、クィアベイティングという言葉によって認知されるようになったのです。
 
 2019年にカルバン・クラインのキャンペーン「SPEAK MY TRUTH IN #MYCALVINS」で公開された動画で、モデルのベラ・ハディットとバーチャルインフルエンサーのリル・ミケーラの熱烈なキスシーンが話題になりましたが、ベラ・ハディットは実生活ではストレートであるため、LGBTQ+コミュニティから「なぜわざわざストレートの女性を起用するのか」といった批判が巻き起こり、カルバン・クラインも「異性愛者を同性どうしのキスシーンに起用することはクィアベイティングだと認識される行為だと理解しています」と認め、公式に謝罪しました。
 
 2021年にビリー・アイリッシュがリリースした「Lost Cause」のMVで女の子たちと絡んだりキスの真似事をしたり、同性愛をほのめかす演出を行ない、また、曲の宣伝としてインスタグラムにも「I love girls(女の子たちが大好き)」と投稿したことも、クィアベイティングだと批判を受けました。なお、2023年になってビリー・アイリッシュは「肉体的に女性に惹かれることがある」「自分が女の子だと感じたことは一度もない」と語り、クィアであることをカムアウトしています。
 
 クィアベイティングを批判されたことをきっかけにカムアウトすることになったのがリタ・オラです。2018年にリリースした「Girls」は、「ときどき女の子とキスしたくなる」という歌詞で話題を集めました。これについてリタは「私の気持ちを正直に綴った。自分の本質を隠すつもりはない」「ここまでオープンになったのは初めて」と語りましたが、サビにお酒を連想させる言葉を使っていたことから「女性どうしの恋愛をお酒の力を借りなければ起こらないことのように描いている」と一部で炎上し、リタは「『Girls』は私の真実と、これまでの人生で経験したことをリアルに表現したもの。私は女性とも、男性とも恋愛関係をもったことがある」とコメントし、カムアウトすることになりました。
 
 日本でも、人気女性アイドルグループのメンバーが2022年4月1日(エイプリルフール)に同性の元メンバーと「結婚式を挙げた」とSNSに投稿し、「同性愛をネタとして消費している」と批判されました。エイプリルフールに同性結婚式をネタにしたことで、同性婚が”ありえない冗談”やタブーであるかのように扱われた、との非難を浴びることになったのです。
 

 一方、クィアベイティング批判に晒された著名人が、自身の意志に反して性的指向のカミングアウトに追い込まれる事態を問題視する声も上がっています。クィアの高校生たちの愛や友情を描き、大きな反響を呼んだドラマ『ハートストッパー』で、ラグビー部で活躍しながら男の子との恋愛に目覚めていくニックの役を演じたキット・コナーが、プライベートで女性と手をつないでいたことでクィアベイティングを指摘され、バイセクシュアルだとカムアウトするはめになったのは記憶に新しいところです。
 国連人権委員会のサラ・マクブライド報道官は「どんな方法であれ、誰かに性的指向やジェンダー・アイデンティティを表現することを強要できない。これは最も重要な事実だと考えている」と指摘しています。
 

 クィアベイティングとよく似た言葉としてクィアコーディングがあります。クィアコーディングは、映画やアニメの登場人物のSOGIをはっきりと明示はしないものの、クィアとして読み取れるようコード化(暗号化)して描くことで、以前から演出手法の一つとして使われてきました。
 映画『セルロイド・クローゼット』に詳しく描かれているように、まだLGBTQの権利が社会的に認知されず、カミングアウトが困難だった時代、差別や批判を避ける目的で、登場人物のSOGIを明確に示さず、クィアとして読み取れるようなコードが「ほのめかし」として使われてきました。
 クィアベイティングは批判の対象ですが、クィアコーディングは価値中立的(ニュートラル)な概念です。ただし、悪役(ヴィラン)の登場人物をクィアコーディングによって描く表現などは批判の対象となります。

 
 

参考記事:
クィアベイティング(Queer‐baiting)とは・意味(IDEAS FOR GOOD)
https://ideasforgood.jp/glossary/queer-baiting/

LGBTQ+を食い物にする「クィアベイティング」とは?(フロントロウ)
https://front-row.jp/_ct/17278815

「あたかも同性愛者であるかのようなフリをして商業的に利用している」クィアベイティングでは?と批判されたセレブたち(ELLE girl)
https://www.ellegirl.jp/celeb/a39637379/queerbaiting-celebrities-22-0407/

クィア・ベイティングは搾取か、それとも進歩の表れか(BBC)
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-47877196

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