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性別変更をめぐる諸外国の法制度
性別変更をめぐる諸外国の法制度の様相を概観します
2020年、日本学術会議が「性同一性障害特例法」の廃止と「性別記載変更法」の制定を提言しました。2022年に性同一性障害という言葉が国際的な医療診断基準から消え、病気や障害ではなくなる(非病理化される)ことが決定している以上、現行の(非人道的とも言われる厳しい要件を課す)「性同一性障害特例法」を見直すことが喫緊の課題であるため、これに取って代わる(世界の趨勢に合致した)「性別記載変更法」を提言したものです。医学モデルから人権モデルへの転換です。
では、諸外国の性別変更についての法制度はどのようになっているのでしょうか。認定NPO法人虹色ダイバーシティなどが作成している同性婚法や同性パートナーシップ法についての世界地図をご覧になったことがある方は多いと思いますがが、トランスジェンダーの性別変更の法制度に関する世界地図は見たことがないと思います(虹色ダイバーシティが参照しているILGAも、各国の状況を分厚い資料にまとめているのですが、世界地図は作成していません)
それは、出生証明書やIDの性別を変更することを法的に認めるにあたり、どのような要件を課すのかということ(性別適合手術やホルモン治療などの医学的治療を必要とするか、医師の診断を必要とするか、年齢の制限、結婚しているか、子どもがいるか、性別変更と親子関係など)が非常に多岐にわたっていて、視覚化しづらいためだと思われます。
複雑で多岐にわたる諸外国の性別変更に関する法制度について、可能な限りわかりやすくまとめてみます。
まず、出生時に割り当てられた性別に性別違和を抱き、自認性に基づいて生きたいと願うトランスジェンダーなどの人々を、社会がどう扱ってきたかということについて、ざっと歴史を振り返ってみます。
19世紀後半から近代精神医学は、出生時の性別と異なる性表現で生活しようとする人(異性装、トランスヴェスタイト)や、同性を好きになってしまう人(同性愛、ホモセクシュアル)を「性倒錯」という精神の病の一種として扱ってきました。
1960年代には異性装は、同性愛とは別の病気として区別されるようになりました。
1980年代に入ると「性同一性障害」という用語が使われるようになり、1990年の国際疾病分類の改訂(ICD-10)で、この名称が正式に採用され、障害として位置づけられることになりました(この時、同性愛は削除され、病気ではないと宣言されました)
制度面で見ると、1972年、スウェーデンが初めて法的にID上の性別を変更することを認め、以降、欧米の各国で、性別変更を承認する制度が整備されていきました。日本でも2004年に性同一性障害特例法が施行されました(ちなみに同じ2004年に英国で成立した「性別承認法」では、初めから性別適合手術は必須要件ではありませんでした)
2006年、国際人権法の専門家会議において採択された「ジョグジャカルタ原則」は、「法的性別変更の要件として、性別適合手術、不妊手術またはホルモン療法その他の医療処置を受けたことを強制されない」と謳っています。不妊手術の強制は人権侵害であり、医療を不要にすべきである、トランスジェンダーの保護は医学モデルから人権モデルへと移行すべきであるとの国際合意が見られました。
2012年、アルゼンチンで初めて、精神科医の診断なしに性別変更を可能とする法律が制定されました(以降、デンマーク、アイルランド、マルタ、ノルウェー、ギリシャなどで同様の法律が制定されています)
2013年、アメリカ精神医学会は、「障害」という言葉を使わない「性別違和」という名称を採用しました。
2014年には世界保健機関(WHO)が、2017年には欧州人権裁判所が「性別を変更するために生殖能力をなくす手術を課すことは人権侵害である」とする判断を出しています。
2018年、WHOが「国際疾病分類」最新版(ICD-11)を発表。性同一性障害は「精神疾患」から外れ、「性の健康に関連する状態」という分類の中のGender Incongruence(厚労省は「性別不合」という仮訳を示しました。3年ほどかけて正式な和訳を検討するとしています)という項目になりました(非病理化が達成されました)。ICD-11は2022年から発効されます。
性別変更に関する法制度の主な要件について、諸外国の状況を概観します(2020年、国立国会図書館 調査及び立法考査局 行政法務課の藤戸敬貴さんという方が「法的性別変更に関する日本及び諸外国の法制度」という資料にまとめてくださっています)
1.年齢要件
・法的性別変更の年齢要件と成年年齢(18歳)とを一致させている例としては、スウェーデン、英国、スペイン、デンマーク等があります。フランスでは、2016年の立法によって身分証書中の性別表記の変更に関する規定を民法典に加えましたが、変更を請求する資格を有する者としては「成年者」とともに「解放された未成年者」が挙げられています。年齢要件が成年年齢(18歳)を下回る国としては、オランダ(16歳)とノルウェー(16歳)が挙げられます。マルタは、民法上の成年年齢は18歳ですが、性別変更に関しては16歳未満を「未成年者」としています。年齢要件が法律上明示されていない国であっても、性別適合手術を受けたことが性別変更の要件となっており、かつ、医療実務においてその手術に年齢制限がある場合には、年齢要件がある場合と実質的に同じ結果になります。
・一定の年齢を要件として設定しつつ、その年齢を下回る者についても一定の条件を満たせば法的性別変更を認める国もあります。アルゼンチンでは、18歳未満であっても、本人の意思を明らかにしたうえで法定代理人を通じて性別の修正を請求することができます。アイルランドでは、両親の同意が得られ、医師による診断書を提出した16歳以上18歳未満の人について裁判所が年齢要件を免除することができます。マルタでは、16歳未満の人でも、裁判所が法的性別変更に同意すれば認められます。ノルウェーでは、6歳以上16歳未満の子も、親が同行して手続をすれば法的性別変更の請求をすることができます。
2.非婚要件
・諸外国でも初めは非婚要件を設けている国は多かったのですが、同性婚を認めた国では非婚要件が廃止されています。
・シビルユニオン(準同性婚)や登録パートナーシップ制度との関係は、また別論になります。例えば、イタリアでは、結婚している人が法的性別変更をした場合、婚姻は自動的に解消されることになっており、この規定の合憲性が争われ、2014年、憲法裁判所が、法的に保護されたカップルの関係を維持することを認めないのは違憲であるとの判決を下しました。これをきっかけに、2016年に同性カップルにシビルユニオンが成立しました。
3.子なし要件
・身分登録の単位が個人である諸外国の立法例には、子なし要件は見当たりません。
4.生殖不能要件
・スウェーデン(1972年)やオランダ(1985年)など、早い時期に性別変更を制度化した国では、初めは性別適合手術によって生殖機能を取り去ることを要件としていましたが、両国とも2013年に撤廃しています。ドイツでは2011年、連邦憲法裁判所が、生殖不能要件を定める規定が違憲であると判断しています。
・21世紀に入ってから性別変更に関する法律を制定した英国(2004年)やスペイン(2007年)では、そもそも生殖不能要件に関する規定がありません。スペインでは、原則として「他の性別の身体的特徴を獲得するための医学的治療(ホルモン治療)を少なくとも2年間受けていること」を要件としていますが、「性別の記載の登録上の訂正のためには、医学的治療に性別適合手術を含めることは必要ではない」と法文に明記されています。
5.生殖不能要件以外の身体的要件
・諸外国でも、法制定当初は、生殖不能要件以外に(「他の性別の外観に近似すること」のような)何らかの身体的要件を課す例が多かったのですが、生殖不能要件の撤廃とともに見直す国が増えています。
6.診断書等の要否
・諸外国でも、法的性別変更の申請手続において、医師などの専門家による診断書の提出を求める例は多いです。性別適合手術は不要である英国やスペインも、診断書の提出は必須です。
・2012年、アルゼンチンが世界で初めて診断書の提出を不要とし、デンマーク、マルタ、アイルランド、フランス、ノルウェー、ベルギー、ギリシャ、ポルトガル、ルクセンブルクがこれに続いています。
・フランスでは、身分証上の性別記載が、自らが外部に呈示(表現)しているジェンダーと、出生時に割り当てられた性別が一致しないということを、事実の十分な集積によって証明することで、診断書の提出なしに法的性別変更が認められます。
7.親子関係
・法的性別変更を行なった人が何らかのかたちで子を成したとき、当該子との間で親子関係は成立するのか、成立するとして「父」や「母」といった呼称がどうなるのかという問題については、国によって対応が様々です。
・日本の特例法では、性別変更前に生まれた子との間の親子関係は、性別変更の影響を受けません。諸外国にも同様の立法例があります。性別変更後に、変更前の性別での生殖機能によって(または性別変更前に保存していた配偶子によって)子が生まれることや、AID(非配偶者間人工授精)の利用によって子が生まれることも考えられますが、このような法的性別変更後の親子関係については、オランダのように法律上の規定を置く国がある一方(トランス男性が出産した場合、出産した者を「母」と登録する、トランス女性の性別変更前の精子によってパートナーが出産した場合、パートナーとともに「母」と登録する)、ほとんどの国では具体的な規定が置かれておらず、現状での諸外国の対応は一様ではありません。
上記のほか、こちらの記事でも触れているように、米国では、トランスジェンダーの児童に対して第二次性徴抑制剤を処方することを認めている州もあります(第二次性徴抑制療法は比較的安全で、トランスジェンダーの自殺リスクを大幅に低下させる可能性があると見られています)
以下に、性別変更をめぐる諸外国の法制度について、わかる範囲で要件ごとにリスト化してみます。(※世界200ヵ国の法的状況を網羅しているわけではありませんので、ご承知ください)
◎医師の診断書がなくても法的性別変更が認められる国
アルゼンチン、デンマーク、マルタ、アイルランド、フランス、ノルウェー、ベルギー、ギリシャ、ポルトガル、ルクセンブルク、ドイツなど
◎性別適合手術を受けなくても法的性別変更が認められる国
アルゼンチン、コロンビア、デンマーク、アイルランド、マルタ、ボリビア、エクアドル、ウルグアイ、スウェーデン、ノルウェー、カナダ、フランス、英国、スペイン、アメリカの一部(ニューヨーク州やカリフォルニア州、ワシントンD.C.など7地域)、メキシコの一部(メキシコシティと他の5州)など
◎未成年者でも法的性別変更が認められる国
・オランダ、ノルウェー、マルタでは、16歳から法的性別変更が認められます
・規定の年齢を下回る未成年者についても、両親の同意が得られたり、裁判所に請求して承認された場合などに個別に性別変更が認められる国もあります。アルゼンチン(18歳未満でも)、マルタ(16歳未満でも)、ノルウェー(6歳〜16歳)、アイルランド(16歳〜18歳)などです
(※詳細は上述の「1.年齢要件」をご参照ください)
◎パスポートのサードジェンダー表記(「X」「O」など)が認められる国
カナダ、アルゼンチン、オーストラリア、デンマーク、オランダ、ドイツ、マルタ、ニュージーランド、パキスタン、インド、ネパール、バングラデシュ、アイスランド、アメリカ
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